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【ルインからの手紙】
ヒメ、まずは謝らねばならない。君の声を聞かず、勝手な真似をしてすまなかった。ただ、繋がりがある以上、私のところにも君の記憶が流れ込んできていたことを分かってほしい。
君は私と違い、家族に恵まれている。君の記憶が流れ込んできたとき、私は救われた気持ちだった。君の母に対する愛は、私が望んでも得ることのできなかったものだ。君の心からそれを感じたとき、私はそれだけで生まれてきたことに感謝した。
本当なら、私も君といたかった。いつまでも君の世話をして、君を愛し、君との繋がりからその記憶の中に身を置いていたかった。暖かな安らぎを感じ、ずっとそこに浸っていたかった。
だが、それはあまりに身勝手な願いだ。
君の母の喪失感を想うと、許されることではない。
私は、ただ孤独から逃れたいがために君を側に置いておくことなどできなかった。君は私の目を仔犬に例えたがその通りだ。私は寄る辺なく生きることの寂しさから、君を求めたに過ぎない。
都合よく利用しようとしただけだ。
君は私に好意を寄せてくれていたが、残念ながらそれは幻想だ。私は生まれついて、人を魅了するようにできている。君が私に感じていたものも、いわば魔力がもたらした儚い夢でしかない。
だから私との別れを悲しむ必要はない。
私は、君が泣く声を聞きたくない。
悲しみに沈む姿を見たくない。
一夜の夢であったと思って忘れてほしい。
どうか幸せに。ルイン・ガーランディアより、愛を込めて。
*
私は手紙を封筒にしまった。
手紙には私の想いが気のせいだと書いてあった。
魔力によるまやかしだって。
じゃあ、その魔力から離れた私の今の気持ちはどうなのだろう。
この切なさは、いつまで続くのだろう。
涙を拭ったとき、背後でサワサワと音がした。
振り返ると、一本の木の枝が手招くように不自然に揺れていた。
木漏れ日に朝露が輝く。
歩み寄ると、次の木の枝が手招く。
私はまた涙を溢した。
ルインはやっぱり優しい。
ずっと私の側にいてくれたんだ。
木に歩み寄る度に、柔らかい花の香りがする。
泣かないで、ヒメ。
そう囁かれた気がした。
「ルイン、私、また会いにくるよ」
街を望めるところに着いたとき、私は振り返って呟いた。
だけど、もう枝葉が揺れることはなかった。




