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ギリアムとの戦い(5)

 

(だ、駄目だ、話にならねぇ)


 ギリアムは顔から水を取り除こうと必死になっていた。粘性がある訳でもないただの水が、何度払っても散らない。これで四度目になるが、打開策が見えなかった。

 

 火魔法で蒸発させようとすると、水が熱を帯びて顔が茹で上がる。かといって飲めば具合が悪くなる。というのも、魔力は人によって型が違う為、胃腸で吸収すると熱や倦怠感などの拒絶反応が出るからだ。

 

 それに、たとえ飲み切ったとしても、すぐにまた顔を水で覆われることは目に見えている。それでは無駄に苦痛を増やすだけ。ゆえにギリアムはその方法を取らなかった。


 剣を手に、ルシウスに斬りかかることも考えた。或いは魔法で攻撃することも。

 だが視界が揺らいでいる。魔力の感知を頼りに動くにしても、躱される可能性の方が大きい。相手の機嫌を損ねればより危険な状況に陥る。それならば、必死におべっかを使って、油断を誘う方が助かる見込みがあるとギリアムは思っていた。


 しかし、今は取り付く島もない。その上、どれだけ気をつけたとしても、若干は水を飲んでしまう。辛抱強く事を構えようにも、長引けば長引くほどに追い詰められる。ギリアムはそのジレンマに苛まれていることに気づいた瞬間、賭けに出ることを決めた。


 苦しみが続くなら、一思いに殺された方がいい。上手くいけば、相手を殺せる。

 ギリアムはルシウスに手のひらを向け、火の魔法を放った。矢のように細く伸びた炎の塊が、ルシウスに向かい飛ぶ。その攻撃が躱されることを見越していたギリアムは、すぐに長剣を手にしてルシウスに斬りかかった。

 ギリアムの予想通り、炎の矢は躱された。そしてギリアムの振るった剣は、躱されも弾かれもせず、ルシウスの手にある剣で受け止められた。


(しめた!)


 鍔迫り合いになったことで、ギリアムは勝機を見出した。激しく足を踏み鳴らして、力任せにルシウスを突き飛ばす。同時に剣を振りかぶり、即座に振り下ろした。


 ルシウスは後方に飛び退いた。だが間に合わなかった。斬撃が革鎧を切り裂く。そこに、ついでとばかりにギリアムの後ろ回し蹴りが打ち込まれる。


「がっ……」


 ルシウスは吹き飛び、村長の家から通りに転がり出た。革鎧に守られた為に傷は浅い。ただ魔法の制御は解けていた。ギリアムが肩で息をしながら通りに出てくる。


「よくもやっごばっ」


 ギリアムが口を開いた瞬間、顔が水の塊に覆われた。ルシウスは魔法で溺死寸前まで追い込むのを止める気はなかった。むしろ、通りに出た分やりやすくなったとさえ思っていた。対して、ギリアムはより窮地に陥ったということを覚り焦っていた。

 短期決戦で仕留めようと、ギリアムは強引に大技を繰り出し続ける。ルシウスはそれを躱しながら、剣で撫でるようにギリアムの体に傷をつけていく。


(こいつ、生殺しにしてやがる……!)


 ルシウスはギリアムがどう考えるかを分かっていた。予想外の攻撃を受けはしたが、そんなことは些事に過ぎない。とにかく、ギリアムの思い通りにさせる気はなかった。


「お前は尊厳を踏みにじった。そんなお前が楽に死ぬなんて、僕には許せない」


 ルシウスの怒りは、燃え盛る炎をも凍てつかせる極寒の嵐へと変わっていた。

 ギリアムはただ命を奪った訳ではない。自分の歪んだ欲望のままに弄んだ。

 ルシウスはそれが許せなかった。せめて、命を奪われた者たちが与えられた、苦痛、嘆き、そして絶望の一端でも味わわせなければ気が済まなかった。


「がはっ、げほっ、げほっ」


 ギリアムは崩れ落ち、四つん這いの姿勢で咳き込んだ。それは十度目の息継ぎの時間だった。酸欠と出血で、意識が朦朧としている。もう、残る手段は一つしかなかった。


「ルシウス殿下、俺は、あんたの下に、戻ります。ドルモアの、情報を――」


「断る」


 急な寝返りの提案を、ルシウスは冷たい視線を向けて一蹴した。そこにギリアムの意図がないとも知らず、ただ厚顔無恥であると軽蔑を深くした。

 だがギリアムはどう思われようが構わなかった。ドルモアによって掛けられた、裏切れば命を落とす魔法を自死に利用できると気づいてからは、死んで楽になることしか考えていなかった。


 しかし、ギリアムの思惑は外れた。裏切りの言葉を口にして間もなく、黒い靄が体の周りを漂い始め、全身を引き裂かれるような激しい痛みに襲われた。


「ぐうっ、うあああああ!」


(なんだ⁉ 何が起きてる⁉)


 ルシウスは戸惑い眉を潜めた。黒い靄を纏ったギリアムの体が歪に膨れ上がり、皮膚と肉が裂けて血が噴出する。骨格が蠢き、段々と人の形から遠ざかっていく。


(ここにいちゃ駄目だ……!)


 嫌な予感がした。ルシウスは、それに従いギリアムから距離を取った。


「ううああああ! ドルモアアア!」


 ギリアムは理解した。自分に掛けられたのは決して安楽死できるような魔法ではなかったのだと。その苦痛はルシウスに与えられた苦しみの比ではなかった。


 激痛が延々と続き、これまで殺した者たちが、体の中に押し寄せてくる。

 それは業だった。蓄積された怨嗟と怨念が、ギリアムの精神を壊していた。そしてギリアムもまた、ドルモアとルシウスに抱えた暗い感情で自らを破壊していた。


 やがて、破壊され尽くしたギリアムの魂は、黒い靄に飲み込まれた。それは大型の猿のような魔物に転じたギリアムの中に収まると、大地が揺れるほどの咆哮を上げた。

 

 

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