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私が眠っている間に、アスラも進化を果たしていた。どうやら、夢の中で選択を済ませてしまっていたらしく、私は何も覚えていなかった。
だから、アスラを呼んでビックリした。だって人型になってたんだもの。
それで、目が覚めて、ベッドから降りたところで立ち尽くしちゃったって訳だ。
「ノイン様、戸惑うのも仕方ありませんが、俺も同じなんですよ」
窓から射し込む朝の光の中に立っているのは、どこからどう見ても狼男。
しかも、流暢に人の言葉で話せていた。
【名称】ダークアヌビス
【真名】アスラ
【種族】魔人
【性別】オス
【魔物ランク】B
【スキルA】影斬
【スキルB】隠身
【スキルC】常闇ノ審判
【スキルD】???
確認して、やっとアスラだって理解できた。
全身が滑らかな光沢を帯びた毛で覆われていて、背が高くてがっしりしている。
それが分かるのは裸だから。別に恥ずかしく思うようなことはなかったけど、やっぱり人型で裸はよくない気がしたので、すぐに体の中へ戻ってもらった。
そういえばアルトはどうなったんだろうと思って呼んでみると、大きなクリオネが姿を現した。体は少し白く濁っているけど透明。胸の辺りに赤いハートがある。
クリオネとしか形容できない姿だけど、ひらひらと動く羽が私の知るクリオネよりも大きい。横になって、泳ぐように部屋を飛んでいる。
二メートルはあるので、天井近くで円を描くのが精一杯って感じ。
《ノイン、見て! おいら飛べてるよ!》
アルトは大喜びしていた。よっぽど嬉しかったみたい。
乗ってみてと言われたけど、「後でね」と言って体に戻ってもらった。
取り敢えず、ルシウスと会って、状況を把握しなきゃいけない。
私はたった七歳だけど、この国の王女。ルシウスが言ってたような危険があるなら、のんびりしてられないからね。
まずは着替え。チュニックとズボンでいいわよね。どうせ訓練もするし。
心で呟きながら洋服箪笥を開いたところで、ドアが開いた。
「あ、お目覚めでしたか」
ドアの向こうにいたのはアリーシャだった。
「うん、おはよう、アリーシャ」
「おはようございます」
アリーシャが台車を押して部屋に入ってくる。装飾の施された銀色の台車の上には、ティーセットと私が提案した朝食が載せられている。
パンとチキンサラダとスクランブルエッグ。あとミルク。ノルギスお父様に国力強化に必要なのは栄養だと訴えて、養鶏場を作らせたのは何を隠そうこの私だ。
他にも、私の知っているだけのことは伝えている。三年の間に、ガーランディア王国が急激に豊かになったのはそれが理由。
食物自給率と公衆衛生の向上が、国民の死亡率低下と兵力増強に繋がり、国家の防衛力を高めるのに一役買っているのは言うまでもない。
アリーシャがお茶を用意してくれている間に、私は着替えを済ませた。
「熱いので、お気をつけください」
「ありがとう。今日、ロディは?」
「南方の状況を確認しに向かいました」
ロディは偵察隊の隊長として数人の部下と共に出発したらしい。ルシウスの報告で、迅速な対処が進められていると分かって少し安心した。
「あ、アリーシャ、悪いんだけど、ちょっとお願いできない?」
「はい、何でしょう?」
私はアスラに呼び掛け、体から出てもらった。アリーシャの微笑みが凍りつく。
「アスラに服を着せたいの。鎧なんかも見繕ってもらえると助かるわ」
「ア、アスラ、なのですか?」
「うん、そう。好みもあると思うから、意見も聞いてあげてね」
「アリーシャ殿、お手数おかけします」
アスラが礼儀正しく一礼すると、アリーシャは目を見開いて叫んだ。
「しゃ、喋ったあああ⁉」
それは私が初めて目にするアリーシャの取り乱す姿だった。
まぁ、そうならない方がおかしいんだけどね。




