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私はルシウスの提案通り、アスラに出てきてもらった。騎乗具は取り付ける時間がもったいないってことで、轡だけを噛んでもらって移動した。風が起きてすごく寒かったけど、目的地まではすぐだった。
ただ、到着した部屋の光景があまりにも異常で、私たちは言葉を失った。
ウインドゼリーフィッシュの群れが、真っ赤に染まって一箇所に集っていた。私だけが見える魔物の光ではなく、体そのものが血を含んだように染まっている。
思いがけず、目当てのウインドゼリーフィッシュは見つけたけれど、魔物の光自体も赤い。交渉の余地がない。しかも淡く発光しているから、部屋全体が赤く見える。
《ああ、助けてください!》
壁際に、布製のドレスを着た少女が立っていた。町や村で見る一般的な装いで、見た感じ十代前半くらい。外はねのある茶色い髪で、すごく痩せている。その隣には三歳くらいの小さな男の子。こちらは薄汚れた肌着だけを着ていて、やはり痩せ細っている。
《お願いします! 助けてください!》
「ノイン、声の主はいた?」
「あ、うん、そこ」
私は警戒した様子のルシウスに、少女を指差して教える。
「どこ?」
「え? 見えてないの?」
ルシウスが頷く。そしてアスラから降りると、周囲を見回した。
「ノイン、ここは離れた方がいい。とてもよくない場所だ」
「え、どういうこと?」
「後で言うよ。ウインドゼリーフィッシュは諦めて帰ろう」
「でも――」
《ノイン様、ここはあまり長居しない方が良さそうです》
アスラまでルシウスと同じことを言う。ウインドゼリーフィッシュの集合している場所を睨んで唸り、ルシウスと同じく少女には気づいた様子がない。
《助けてください! 置いていかないで!》
少女が胸の前で両手を組み、悲痛な叫びを上げる。男の子は少女のスカートの裾を掴み、指をくわえてこちらを見ている。虚ろな目をしていて、ひもじさが伝わってくる。
私は話し掛けようとしたけど、ルシウスがアスラに飛び乗って素早く向きを変えてしまった。そしてアスラも、ルシウスが乗るなり部屋から飛び出した。
冷たい風が肌を滑り、仄明るい鍾乳洞の風景が流れていく。アスラはかなり急いでいる。風が耳元で轟々と騒ぐので、私は大声でルシウスに向かって叫んだ。
「ルシウス⁉ どういうこと⁉」
「あそこは、遺体を捨てるのに使われてる! 墓だ!」
え? 墓?
頭が真っ白になったときに、さっきの少女の声が聞こえてきた。
《行かないで! 私たちがそこで食べられてるの! 追い払って!》
私は、ぞわぞわと背中から全身に悪寒が走るのを感じた。ウインドゼリーフィッシュが集っていた場所には、おそらくあの子たちの遺体があったのだ。
ウインドゼリーフィッシュが、何を食べるのか図鑑には書いてなかった。
だけど、何も食べずに生存できる生き物なんていない。最弱の魔物って言われてるくらいだから、死骸を食べて処理する掃除屋の役割を担っていても不思議じゃない。
「たぶん、ここに来る前に立ち寄った村の口減らしとかにも使われてる! 鍾乳石に隠れて分かり辛いけど、あの部屋の中は、かなり遺骨が散らばってたよ!」
「何よそれ!」
私は手綱を掴んで思いきり引っ張った。
「ノイン⁉」
《うがっ⁉》
アスラの頭が上を向いて前足が上がる。そのままバランスを崩して横に倒れた。怪我を覚悟してやったことだけど、私はルシウスに受け止められて痛みはなかった。
「ノイン、無事⁉」
「ごめんなさい! でも、戻ってほしいの!」
アスラが起き上がり、恨みがましい目で私を見る。
《まったく、何をするんですか急に……》
《ごめん。でもね、あの場所で助けを求めてる子がいるの。戻ってちょうだい》
《それは俺にも聞こえてましたが、姿は見えませんでしたし、罠ではないかと》
《罠? 誰が何の為に?》
《気づきませんでしたか? 奥の水場にマーマンがいました。あそこは奴らの縄張りですよ。それも、おそらくは要所です。俺の見た限りだと牧場ですね》
《牧場って、何よそれ⁉》
ルシウスは墓だと言い、アスラは牧場だと言う。「どうしたの?」とルシウスが怪訝な顔をして訊ねてきたので、アスラが言ったことを伝える。
するとルシウスは眉を顰め、アスラを撫でてから手綱を取った。
「ノイン、僕は、今すぐ帰ってノルギス王に報告を上げるべきだと思う」
「なにか分かったの?」
「ここのマーマンは、人と同じことをしてる。それだけ知恵があるってことだよ。そして現状、僕たちにとっては歓迎できないことが起きてる」




