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 *

 

 

 ウインドゼリーフィッシュは人気(ひとけ)のない場所ならどこにでも棲息している。風に漂って流れてくるので、はぐれ個体が村や町に入り込むこともある。

 形状は触手のない海月で、傘に当たる部分に四葉のクローバーのような模様が入っている。攻撃してくることはなく、ただ空を泳ぐだけの魔物だ。


 でも、いざ探すとなると見当たらないのよね……。


 どこにでもいるということは、決まった場所がないとも言える。

 魔物図鑑にも、出現場所が書かれていない。

 たぶん、書くほどのものでもないと、省かれてしまったのだと思う。

 生態についても、他の魔物より雑で、明らかに研究されていない感が出ていた。

 ここまで相手にされていない魔物というのも珍しい気がする。


「いないねー」


 私と一緒に草原の岩場に座り、景色を眺めているルシウスがあくびをして言った。それにつられたように、側で伏せているアスラも大きなあくびをする。

 陽射しは穏やかで、空では小さな白い雲がのんびり動いている。

 微風が草を撫でて、さわさわと音を鳴らす。

 ルシウスとアスラはあくびで済んでるけど、私はちょっと船を漕ぎそうになっていた。お腹がいっぱいだし、暖かくて、まぶたが落ちてくるのよね。


 こてん、と横に倒れかけたところを、ルシウスが支えて自分の方に寄せてくれた。そのまま肩を抱いて頭を撫でてくれる。キュッと心臓が縮んだ。


「こんなに長閑だと眠くなっちゃうね」


「う、うん」


 胸が苦しい。一気に顔が熱くなって目が冴えた。

 ルシウスは革鎧を着ていて、腰に帯びているのも、もう短剣じゃない。

 頭を撫でてくれる手も逞しくなってて、男の人って感じがする。


 あ、これ、アンコが感じてた気持ちとは違う。


 私、恋したんだ。


 初めての感情に戸惑って、ルシウスを見上げる。


「ん?」


 微笑んで小首を傾げられただけで、鼓動が激しくなる。


 なにこれ⁉ 恋ってこんな風になるの⁉


 あまりの辛さに目が回りそうになって、私は俯いた。


「どうしたの?」


「え、えっと、ウインドゼリーフィッシュが、いないから、困っちゃったなって」


 ハァハァじゃなくてフゥフゥだわよ!

 どうすんのこれ⁉ あと十年近くもこれが続くのよ⁉

 途中で心臓爆発して死ぬんじゃないのこれ⁉


 頬を押さえてパニックになっていると、シクレアが胸から飛び出してきた。

 

《ノイン、大丈夫⁉ 毒でも受けた⁉》


《え、ううん。なんともないよ》


《嘘! 顔も真っ赤じゃない! 脈拍と体温が異常よ!》


 私の体に問題があると、住処にいる魔物が指示なく出てこれるようになる。つまり、それほどの異常が私の体に出たってことだ。恋って怖ろしいものなのね。


 シクレアが小さな手で私の額に触れたり、腕組みしたり首を捻ったりしながら周囲を飛び回る。診察してくれてるみたいだけど、毒じゃないから分からないよ。


 今夜の女子会で説明しよう。また興味深いって言われるんだろうな。苦笑していると、微かに《助けて》という声が聞こえた。子供のような声だった。


《ノイン、聞こえた?》


 シクレアが私の顔の前に来て言った。私は頷く。アスラも聞こえていたようで、頭を持ち上げて周囲を見回している。二匹とも表情が引き締まっている。


「何か雰囲気が変わったね。どうかした?」


「誰か、助けを求めてる」


「僕には何も……ああ、魔物?」


 私は「うん」と頷いて岩から降りる。小さな皮の胸当てとブーツが視界に入る。左右の腰には鍛冶屋に打ってもらった小太刀が二本。白鞘に収めて帯びている。

 不思議なもので、装備品を身に着けているってだけで心構えが違う。

 やっぱりドレスより、こっちの方が私に合ってるんだろうな。ロディとアリーシャには、叱られちゃいそうだけど、お淑やかって苦手なのよね。


《アスラ、どっちから聞こえた?》


《森ですね。反響して重なっていましたから、おそらく洞窟です》


 アスラが起き上がる。それを合図にルシウスが立ち上がり、収納魔法から取りだした鞍と轡、手綱をアスラに装着していく。


「アスラはなんて?」


「たぶん、森にある洞窟だって」


「洞窟……海繋がりの鍾乳洞か」


「どんな場所?」


「マーマンの巣窟。森の中にあるけど、地下が海と繋がってるんだ」


 ルシウスが騎乗具の装着を済ませ、私を抱え上げてアスラに乗せる。

 それから軽く跳んでアスラに跨がり、私の背もたれになる。

 ルシウスの息が軽く耳元に掛かる。やっぱりいつもよりドキドキする。


 ああ、駄目! 真面目にやんないと!


「マ、マーマンって、群れで襲ってくるって、図鑑に書いてあったけど、強いの?」


「陸の上なら僕でも討伐できるよ。水辺だと分からないけどね。さて、行こうか」


 ルシウスがアスラの胴体を軽く二度叩く。

 アスラはそれを合図にして、森へと向かって駆け出した。

 

 

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