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宿場町から王都ガーランディアまでは徒歩三日。
だけど、アスラとディーヴァがいれば一日だった。
という訳で、翌日夜――。
私たちはガーランディア王国の王城、王の間にいた。
赤い絨毯の前で、ロディとアリーシャ、そしてルシウスが跪いている。
私はと言えば、父であるノルギス王に抱き上げられていた。
「よく帰ってきた! おお、おお、なんと可愛らしいのか!」
ノルギス王は見るからに怖そうな印象の中年男性だった。だけど、人は見掛けによらない。帰ってきたなりに玉座から立ち上がり、私に向かって一目散に駆けてきて抱き上げ、謝罪の言葉を口にしたのだ。
今まで悪かった、と。
どんな人かと思ってたけど、その一言だけで、とても心優しい人なのだと分かった。
事前にロディとアリーシャから聞いていた通り、やはりルリアナが諸悪の根源のようだった。
とはいえ、とはいえだ。
かれこれ、もう五分はかわいがられている。
いい加減、頬ずりされすぎて、顔の皮が擦りむけそうだ。
優しいことは十分すぎるくらいに分かったから、そろそろ放置しているルシウスたちの相手をしてもらわないと、もう、威厳も何もあったものではないでしょうに。
「ちょうっ!」
「あ痛っ!」
ノルギス王の額にチョップを見舞い、私は腕から飛び降りた。
しゅたっと着地。赤絨毯、思ったより薄いのね。床が硬くてびっくりしたわ。
「な、何をするんだ。ノイン?」
悲しそうな顔で額を撫でながらノルギス王が言う。ごめんなさいね。本当は頭頂部にしたかったんだけど、王冠があるものだから、額になっちゃった。
いえ、そんなことはどうだっていいわ。
「おちょうちゃま! わちゃしを、愛ちてくりぇていりゅのは、もう分かりまちた!」
「む、そ、そうか」
「でちゅから、わちゃしを連れ戻ちた、ロディと、アリーちゃを、褒めてあげちぇくだちゃい!」
「おお! そうだな!」
ノルギス王が、笑顔で頷き、ロディとアリーシャに向き直る。
「お前たち、よくやってくれた! これほど嬉しいことはない! なんでも褒美を取らそう!」
「いえ、そんな、滅相もございません!」
「私たちは、主君を探したまでですので!」
「主君か! ふはははは! そうか!」
ノルギス王は、さも愉快そうに大笑いした。そして、また私の方に顔を向けた。
「ノインよ、この者たちは、お前の側仕えにするが、良いか?」
私は、「あい!」と力強く言って頷く。そして、ルシウスに駆け寄る。
「おちょうちゃま! ルチウちゅ殿下と、おはなち、ちてくだちゃい!」
「もちろんだ。ルシウス殿下、すまなかったな。娘と接するのはこれが初めてだったもので、少々取り乱してしまった。無礼を許されよ」
「いえ、構いません。陛下の優しさを知ることができ、嬉しく思います」
ノルギス王はルシウスの受け答えに驚いたようだった。
それはそうよね。子供の回答じゃないもの。しっかりしてるのよ、ルシウスは。
「ふむ、なるほどのう」
私は無意識にルシウスにしがみついていた。
ノルギス王が何を見ているのかと思ったら、私だったみたい。
ちょっと油断しすぎちゃったかもしれない。
娘がいきなり他国の皇子を連れてきて抱きついてたら、いい気はしないわよね。
「随分とノインが懐いておるようだが、どういった経緯で出会ったのかを教えてくれるか?」
「はい、喜んで」
ルシウスはそう言って、私との出会いについてをノルギス王に語った。
なにが凄いって、まったく物怖じせずに、淡々と事実のみを伝えていくこと。
特権階級にありがちな、余計な詩的表現や大袈裟な言い回しを一切挟まず、必要ないところは省いて、端的に分かりやすく話すものだから、あっという間に説明が終わってしまった。もう出来過ぎて、なぜか私が誇らしいわ。
なんて思ってたら、王の間がざわめいた。私も驚いてしまった。
ノルギス王が、ルシウスに向かい跪き、その手を取ったのだ。
「ルシウス殿下、そなたはノインに命を救われたと言うたが、共に暮らした七日の間、その逆もまた確実にあり得ただろう。そなたがいたことで、ノインもまた命を救われたのだ。これは、王としてではなく、父としての礼だ。心より感謝いたす」
「勿体ないお言葉です」
ノルギス王が立ち上がる。
「ルシウス殿下、わしはそなたを気に入った。ノインもそのようだ。そこでだ。わしからの提案なのだが、ノインと婚約を交わすというのはどうだ? そなたにとっても決して悪い話ではあるまい?」
私とルシウス、ロディとアリーシャはみんなで顔を見合わせて笑った。
「なんだ、お前たち、まさか最初からそのつもりでおったのか?」
「あい!」
私が手を挙げて答えると、ノルギス王は一瞬きょとんとした後で大笑いした。
王の間は笑いと歓声に包まれた。




