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せっかくガーランディア王国から抜け出すことができたのに、どうしてまた戻る必要があるのか。それを口に出そうとして、私は気づいた。アラドスタッド帝国が、あと数年のうちに戦争を仕掛けてくるという情報を知っているのは私だけだということに。
それはそう。だって、その情報をくれたのはエルモアなんだから。
これは弱ったことになったわね……。
エルモアにしたところで、私以外の相手の心の中までは読み取れない。つまり、アラドスタッドがガーランディアに攻めてくるという情報も、もしかすると見当外れのものになることだってあり得るってこと。
今回の、ロディとアリーシャの一件にしたって、私に判断が委ねられた結果、こんなすれ違いが起きてしまった。
エルモアの情報は、それこそ私たちと同じ、外に出たものでしかない。
それを行おうと計画している相手の思惑までを知ることはできないし、未来予知でもないから、決して確実なものではないのだ。
知らず知らずのうちに、私は腕組みして唸っていた。ふと気づくと、共に朝食の席に着いている三人ばかりか、アスラとディーヴァまでが起き上がって私を見つめていた。
《ノイン様、どうされたのです?》
《その二人に、なにか気に食わんことでも言われたのですか?》
《ううん、考え事をしてただけ。ああ、そうそう。こっちの大きい方がロディで、こっちがアリーシャ。二人は、私を育ててくれた大事な人たちだから、仲良くしてね》
アスラが警戒した様子を見せていたので、紹介して落ち着いてもらう。すると、即座に態度を改めた。睨みを利かせていた目が、驚きと輝きの色を帯びたように見えた。
《なんと……! ノイン様の育ての親だったとは! 大変な失礼を!》
《道理で、私たちよりも強いわけですね。敵意はないようでしたし、ルシウスが友好的でしたので従っておりましたけど、ようやく落ち着けました》
ディーヴァがほっとしたように地面に座る。緊張していたみたいね。それはそうよね、まったく知らない人が急に来て、私の世話を焼き始めれば、そりゃ戸惑うわよね。
二匹に謝って、朝食に戻ると、アリーシャが目を見開いていた。
「今、魔物と会話されていたのですか?」
「うん、ちょうだよ」
「私はこれで二度目ですが、やはり驚かされますね」
そう言うロディの足元に、アスラがやってきて伏せる。
「これは一体……?」
「アチュらは、ロディを、ちょんけーちた、みちゃいだよ」
それから何を話したかを説明したのだけれど、これが中々に大変だった。幼児の口が呪わしい。ああ、早くもっと上手に喋れるようにならないかしら。
話の腰が折れちゃって、全然前に進まないんだもの。嫌になっちゃうわ。




