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第二話 約束

暗い暗い空間、そこには方向もなければ時間すらない。その中にぽつんと浮かんでいたのは意識を失って深い湖に落ちたはずのアゼルだった。沈みゆく感覚もなければ、溺れる感覚もない。アゼルは即座にこれが死後の世界でなければ夢に違いないと悟った。そんな暗い空間で目を開けたアゼルは思いもしない眩しさに目を眩ませる。まるで目を開けた瞬間と同時に現れたかのようなその光は、春の太陽のように暖かく、そして心地よいものだった。慣れてきた目を再び開け、アゼルは光の源を目にする。


それは、一冊の本だった。黒く焦げているように見えながらも、神々しく輝く本を見て、アゼルはその珍しさに目を奪われていた。普通のサイズではなく、手に持つには少々大きいその本は、元の色が金色なのか少しばかり黄色い。そんな本を手にして、アゼルは本の正面を見た。


「源王書……」


それが何なのか、なんでアゼルがこのような空間にいるのか、アゼルは全ての答えがその一冊の本に書いてあるような気がしてならなかった。しかし、ちょうどその本を開けようとした途端、アゼルは覚醒するような感覚と共にさらに暗闇に引っ張られていった。


「んなっ」


バッと起きた場所は、アゼルのベッドの上だ。背中がべっとりと汗に染みており、気持ち悪さはアゼルの機嫌を悪化させる。だがそれを落ち着かせるかのように、ホワッと隣から花のような香りが漂ってきた。横を見れば、アゼルの看病をして疲れたのか、天使がベッドに頭を垂れながらすやすやと寝息を立ていた。


アゼルの瞳と同じような紅色の長髪に、アゼルと同等に整った顔はまさに天使そのものと言えるだろう。アゼルの整った顔がシャープな彫刻であれば、その天使の顔は愛情を持って一つ一つのパーツを粘土で作り上げたものだ。


「アルシア……くく、大きくなったな」


そう、天使のようなその少女はアゼルがよく知っているアルシアという子だった。アゼルはその顔をゆっくりと優しく添いながら、昔のことを思い出す。


アゼルは一人の老人に育てられた孤児だ。その老人はアゼルが七歳になるまで、アゼルと共にこのベルフォード村に住んでいたが、そこから別の場所に向かってしまった。もちろんアゼルを放り投げた訳ではない。月に一度帰ってくるようになったのだ。その最初のひと月に、アゼルの育て親であるフルーガは一人の少女と共に帰ってきたのだ。その少女こそ、アルシアである。最初はかなりの人見知りだったアルシアは、アゼルの容姿を見てよくフルーガの後ろに隠れてしまっていた。だが、そこからよく一緒にいるようになり、二人は兄妹のような絆を築いていた。そんなアルシアは十歳になったとき、アゼルと同じように霊根を発現させた。それはまさかのアゼルの赤霊根よりも一つ上の、蒼霊根を発言させたのだ。


しかし、アゼルの問題が発生したことによって、アルシアはアゼルを置いてけぼりにしてしまった。その事に罪悪感を感じていたのか、アルシアがアゼルの元を訪れる日々は段々と少なくなっていた。しかし、ちょうどアゼルが蒼霊根に進化させた時、アゼルはその日にアルシアに一つの約束をした。


「俺は必ずお前に追いついてやる。だからお前が罪悪感を感じる必要はないんだよ、アルシア。約束する、俺は必ずお前が昔のように憧れを抱いていたアゼルに戻ってやる!」


その約束だけを自らの糧に、アゼルは今まで踏ん張ってきた。そして、その成果は見事にアゼルの体内に光る。伝説とも言われている金霊根、それは他のアセンダーと決定的な差を持つ。他のアセンダーたちは集中をしながらオリジンを体内に吸収しなければならないが、金霊根は何もせずとも無意識にオリジンを体内に吸収していく。さらに驚くべきことは、アゼルは既に血造級9星に突破していた。その体は尋常ではないほどの力に溢れており、今のアゼルなら十メートルも巨大な丸石をも粉々に破壊できるだろう。そんな変化に驚いていた所、可愛らしい声が部屋に響いた。


「アゼル……?」


「起きたか、アルシア」


アゼルの優しそうな微笑みを受け、アルシアはその長髪と同じく赤面を見せる。二人とも既に十三歳であり、年頃の男女と言ってもいい。互いが互いを意識し始めるのに、そう問題はかからないだろう。静かに互いを見つめあう二人、どちらともまるで一瞬たりとも目を背けるのが勿体無いかのように互いを見つめあっていた。だが、そんな空間は一つの咳払いによって壊される。


「フルーガ爺」


「お、お爺さま!」


「けっ、最近の若者は早すぎるのじゃよ」


そう、空間を壊した犯人はアゼルの育て親であるフルーガだった。既にかなり年を取っているのか、白く長い髭が仙人のようにぶら下がっている。服装は灰色のローブでできたものであり、それほど高いとは思えないものだ。年を取っている割には、その目は鋭く覇気に満ちていた。他人からすればただの爺さんにしか見えないが、共に住んできたアゼルからすればこの爺さんは羊の皮を被った虎だ。その強さは尋常ではない。なぜなら、一度あの村の近くにある森に遊んでいたアゼルが巨大なクマに襲われていた所を颯爽と駆けつけ、およそ二十メートルも遠くまで吹き飛ばしたのだ。


「アゼル坊、一体何が起きたんじゃい? お主、一ヶ月前は確かにまだ血造級1星ですらなかったはずじゃ。だというのに、既に血造級9星じゃと?」


「……」


アゼルは一瞬迷いはしたが、覚悟を決めて全てを話した。最初はその話を聞いて信じられないような顔をしていたフルーガではあったが、黄金に輝くアゼルの霊根を目にして口を開けたまま呆気ない姿を晒した。あのアルシアでさえ、アゼルの金霊根を見て目を輝かせていた。その目はまるで自分の金霊根でもあるかのように、誇らしげだ。


「やはり……あのお方たちの子が、無能であるはずがないのう……」


ぼそっとアゼルにもアルシアにも聞こえない声で、フルーガは独り言を囁く。その目には未だに驚きが消えておらず、鋭く光っていた。


「アゼル、お主のその金霊根は稀中の稀じゃ。どのような方法を使って進化させたのかは知らぬが、この世界にはその方法を得ようとする輩は数多い。決して、この事実を明らかにしてはならぬぞ!」


「分かっているよ、フルーガ爺」


「お爺さま、アゼルも既に血造級9星に突破できたのだし、アルマに入れてもいいんじゃないの?」


「ふうむ……」


二人の会話を横から眺めていたアゼルは話の全貌は理解できずとも、フルーガがどこかのアルマで権力を持っている事ぐらいは察することが出来た。アルマとは、若いアセンダーたちを育てる機関の総称だ。そこの権力者というのは、一国の王よりも力を持つ事になる。それほど、アセンダーというのは強力なのだ。それを理解した上で、アゼルはニカっと笑いながら口を開いた。


「裏口は使わねえよ、アルシア。俺は堂々と正面からアルマに入学する。心配することはない、俺の才能で入れないアルマなんて存在しねえからな!」


「でも、アゼル……」


「アルシア、アゼルがそう決めたのであればワシらが口を出すのはいかんよ。それに、アゼルを信じよ。此奴ならば必ずやり遂げるであろう」


「ああ、絶対にな。アルシア、約束するぜ。俺は必ず、お前の隣に立てる男になってやるよ!」


「うん!」


可愛いらしく頷いたアルシアは喜びの中、勢いよくアゼルに抱きついた。さすがのフルーガも、それをどうこう言うことができず、気まずそうに後ろに振り向き若者たちを一人にさせようと家から出ていった。外に出たフルーガは何かを考え込むかのように遠い遠い空を見上げていた。

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