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3.

川で流れてきた俺を見つけたのは「オーゴリ」の村長、ルームさんだった。

オーゴリはセプテントリ領の最北の村で、このカエルレウム国と隣のアートラータ国との境の村だった。


まぁ、境とはいっても、オーゴリ村は単なる村であり、国を守る要塞でもなかった。

ただ、国境手前にはカエルレウムで一番の、人の手がほぼ入っていない「自然の要塞」(魔獣の宝庫らしい)といわれていたベースティア山がそびえたっていた。これが要塞の役目をしていたのだ。


俺が流されていたのは、そのベースティア山と村の間を流れる「べネ川」だった。


ルームさんが前日の雨で川の水嵩がどれくらいになっているかを見にきたとき、木の板のようなものに 掴まり気絶している俺が流れてきたのを見つけたのだそうだ。


川にどれだけ長く浸かっていたのか不明だったが、かなり体温が低くルームさんの魔力が「光」だったため、3日間、ずっと手を握って治癒をしてくれていたらしい。


しかし、彼の家で3日目に目覚めた俺には川にいた記憶も引き上げられた記憶もなく、知らない男性に手を握られていて驚きベッドの上から落ちてしまったのだ。


その俺の元気な姿をみたルームさんは、「よかった……」といいながら気絶するように寝てしまった。


問題はその後だった。


ルームさんが俺を治癒しはじめたとき、俺の魔力は「0」だったらしい。

死人は0、生きていれば虫の息であっても1はあるというのがこの世界。

0なのに、俺はかすかだが息をしていた。


それについては、俺は元々魔力などない世界に住んでいたから「無い」ことが当たり前だが、魔力があって当然の世界では0で息があるのは考えられないことだったのだ。


とりあえず、息をしているので治療をしなくてはとなったそうだ。


そうして俺が目を覚まし、ルームさんが回復して俺の状態を再度みたとき魔力はほぼ満タンの状態だった。


そこで、ルームさんは目を剥いて「王族の方ですか!」

と聞いてきたので、全振りで否定した。


聞くと、1個体に満タンの魔力は力の強い王族、または6代公爵以外には産まれないと。

ちなみに魔力満タンが10と仮定して、爵位無しの一般人の属性持ちは5、少し多くて6弱。

王国師団所属の一般騎士はだいたいこれぐらいが普通だそうだ。


だから、王族じゃないなら6代公爵のいずれかの跡目争いに敗れて川に流されたと思われてしまい、誤解を解くために自分が覚えている限りの記憶を話すはめになってしまった。


これは、ダメな対応だったと今は思う。


ルームさんだったから今の俺があるが、知らない人に話すことで捕らえられたりとか、殺されたりとかの身の危険だってあったのだ。


彼は、俺の話を信じ情報をくれた。


「アルフィは異界渡りか」

「! 俺以外にも、同じような人がいるんですか?」

「少なくとも俺が生きているこの50年はないな。だが、100年前に1度、世界が違うところからきた一族がいたらしい」

「一族って、大勢で来たってことですか?」

「ああ、20人ぐらいだったと言われている。だがその一族はしばらくすると全員いなくなったと聞いている。元いたところに戻ったんじゃないかって、今ではおとぎ話扱いだ」

「……(元いたところに戻った、というよりは消されたんじゃないか?)」


ご都合主義のように簡単に「戻った」という言葉をきいて、この世界の危険度が増した瞬間だった。


「ルームさん、申し訳ないが俺はすぐにここを出ます。あなたには、世話になったのに何も返せませんが、どうか俺のことは忘れてほしい」


座っていたベッドの上から、勢いよく立ち上がった俺の服を彼が引っ張った。


「待て、待てって! お前、まだ全快じゃないんだぞ。お前が何を心配しているかはわかる。俺だって彼らが本当に戻ったとは思ったこともない。俺はお前のことを誰にも言わないし、出て行くというならそれも反対しない。だが、今から俺がいうことを聞いてから判断しろ」

「なぜ、戻ったとは思わないんですか?」


躊躇なく否定するルームさんに、一旦上げた腰を元に戻した。


「はぁ。お前、おっとりとした見かけによらず、行動的なんだな」

「よく、言われます」

「まったく。……俺は若いとき、王城の魔力研究所に勤めていことがある」

「魔力研究所?」

「ああそうだ。今から30年ほど前に王侯貴族の属性持ちの誕生が急激に減っていった時期があってな、それがなぜかという研究をしていたんだ。結局明確な理由はわからなかったが、あるとき急に王侯貴族の近親婚が禁止になったんだ。お前にはわかるんじゃないか、その理由が」

「……多分、劣性遺伝子」

「やっぱりか。……俺がこっそり入った王城の禁書庫で見たある書物にも、その「劣性遺伝子」という初めて聞いた単語があった」

「つまり」

「一般に誰でも見られる記録には、彼ら一族は来て数日で消えてしまったという記述しかない。それなのに、俺が読んだ書物の執筆時期は20年前の日付だったんだ」

「ルームさんは、異界渡りの少なくとも何人かもしく全員が残って王国の人間として生活していたって思っています?」

「わからん。だが、俺のような下っ端とはいえ魔力を学問として少しでも学んだ経験がある者からしたら、異界へ戻す膨大な魔力を今の王国の人間が作れるとは思えない。だが、異界から渡ってきた人間が俺たちが知らない知識を持っていたとしたら、俺には判断がつかない。だからな、ここでやみくもに逃げるんじゃなくて、王城の禁書庫になんとか入りんで彼ら一族のことを調べてみたらどうだ。あそこの禁書庫には、王国内であったことで一般には隠されていることもすべて『日』単位で記録されて残されているという話だ」

「王城とか冗談じゃないです。危険としか思えない」

「そうだな。無知な間は大いに危険だ。まずはうちの村で、この世界の常識を学ぶところからやってみろよ。王城に上がれるチャンスを見つけるのは、その後だ」


学生や新卒は、とっくに卒業した年齢なんだけどな。

溜息しか出なかった。



ルームさんは、本名を「ルブルム・シモンズ」といった。

ルブルムというのが言いにくいため、ルームと名乗っているそうだ。


シモンズ家は、この国で50年前に廃された子爵の名らしい。


ルームさんはシモンズ家の傍系で、シモンズという氏は今では市井にもたくさんいるほどありふれた名前のため、俺もシモンズだと名乗った方がよいということになった。



こうやって、俺は「アルフィ・シモンズ」としてこの世界で生きなくてはならなくなったわけだ。


ちなみに、「アルフィ」は俺の名前をどうしても聞き取れなかったルームさんが発した発音を元に、こちら風の名前にしてもらった名前だ。




さて、体力が回復し最初に魔力属性を調べる道具で俺の属性を調べてもらったとき、属性は「光」だった。

つまり治癒ができる人だったのだ。

だから、同じ属性のルームさんに治癒の仕方を習った。


とはいえ、治療の仕方は、とてもシンプルだった。

患部に手をかざし、自分の魔力が相手の悪いところに入るように意識するだけで患部が治るので、俺の知っている医療行為とは全く違っていて面白かった。



あと、驚いたことに、村の治療院はこれまでルームさん一人で治療をしていたらしく、村長の仕事もし、医者の仕事もするなんて、なんてハードワーカーな人なんだ。


俺が治療できるようになってからは、治療院の仕事はほとんどを俺にまかせてもらった。

住まいは治療院の中にルームさんが寝泊りできるようにと簡易ベッドがおいてあったのをいただき、そこで生活を始めることにした。


さて、村ではアルフィ・シモンズは「ルームさんに会いに来た遠縁で、増水した川に流されほとんど記憶がなくなってしまった」という設定で紹介をしてもらったので、ルームさんの甥的な立場だと思われ村の人たちの俺への態度は最初からとてもフランクだった。


村人の症状は軽い風邪の症状から畑仕事での腰痛まで多岐にわたるが、俺の魔力量が多いため1人にかかる治療時間は正味5分くらいだった。


これは魔力量5のルームさんの処置時間が1人につき約10分ほどだったのでその半分で済み、日中の治療時間より村人とのおしゃべりの時間が多く、めちゃくちゃホワイトな職場で楽しかった。



そして、村の人々とのなんということはない会話から、この世界の常識を少しずつもらっていくという実に理にかなった生活を3ヶ月ほど続けていたとき、はじめて村人以外のこの世界の住人と接触した。




その日は風が強く、雨もかなり降っていた。

そして、ベースティア山の方角から魔獣の遠吠えのようなものがいくつも上がった。


これは異例なことだった。


なぜなら、雨風が酷いときは獣も避難するため、わざわざ自分の居場所が特定されるような音を立てることはないからだ。


何かが起こっているではと心配になったルームさんと一緒に、ベースティア山に一番近いといわれているべネ川の川幅が急激に狭くなっている箇所に向かった。


その箇所は村人の間ではデルガと呼ばれていた。

「細い」という意味らしい。


「ここがデルガ。ほんとうに川幅が半分ぐらいしかないんだな」

「アルフィ、気を付けろよ。たまに魔獣が泳いで渡ってくるぐらい狭いんだからな」

「でも、狭いから流れがすごく早いじゃないですか、これだと無事に渡れるのはほとんどないでしょう」


俺は、強烈な雨風でも濡れないという快適な空間をまとわせながら、川の流れを人差し指で指して言った。


「はぁ、ほんと、お前ともっと若いころに会いたかった。研究者が離さなくなるような知識が半端ない。この魔力をつかった雨よけの障壁は、俺はもう手放せないぞ」

「あーはは。便利ですよね~、これ」


光つったら防御→障壁?


だと連想した結果、できちゃったんだよな。これ。

だいたいが、光の属性は治癒だけかぁ? って疑問が頭の隅に常にあったんだ。


傘もなくて、レインコートもない。

今日のような大雨の日は家にいるしかないし、治療が必要な人がいたら往診となるので、余分な服を頭にかけて移動をするしかなかった。


馬でデルガに行くといわれ、ルームさんの馬に一緒に乗せてもらい外に出る寸前のことだった。


雨がだんだんひどくなる中の移動に気が遠くなる思いで、なんなら馬も一緒に魔力をまとわせて雨・風があたらないような薄いレインコートのような囲いがあったらいいなーと、ちょっとだけ本気で、ダメ元で試してみたら「できた」のだ。


(一発目でできるなんて俺もさすがに思わないよ!)。


昔読んだなにかの記事に俺たちの民族は世界一想像力豊かだと書いてあったが、想像力でなんでもできるんならこの世界はなんて恐ろしいんだとも思ったよ。


やり方自体は難しくもなかったので、すぐにルームさんもできるようになり、馬への障壁は俺が一緒にかけることにした。



「ルームさん! あそこ見て! 人じゃないですか!」


デルガ周辺を警戒してパトロールしていたとき、村側ではないベースティア山のほうの岸に人が1人倒れていた。


生きているのかどうか、ここからではわからない。

川を渡らなければ、様子を見ることもできない。


だが、その人の向こうに大型犬のような獣が2匹いることがわかった。

その距離およそ200メートルぐらいだった。


朝から鳴いていたのはもしかしたら、この2匹だったのかもしれない。


「ルームさん、俺、あっちに行ってみます」

「おいっ! ケレブが2匹もいるんだぞ」

「大丈夫です。言っていたじゃないですか、魔獣は自分より多い魔力をもった人間には襲いかからないって。あの人、多分生きてますよ。そして、魔力が高いんだと思います。だから、あの2匹は遠くで威嚇はしても近寄れないんでしょう? そして、死ぬのを待ってるんじゃないですかね。死んで魔力が0になったら餌にするつもりですよね」

「俺もそう思う。思うが、他にも魔力が大きい魔獣がこないとも限らないんだぞ」

「だから、そうならない前にこっちに連れてこないと」

「どうやるつもりだ?」

「まずは、こうかな」


川に流れていた水をゆっくりと動かせ、頭上で流れるようにできないだろうか。

そういえば、頭上を流れる水族館とかいうのがあったような。

それを具体的に想像してみた。


そうして流れはそのまま頭上に移動し、川底は人が渡れるただの道となった。


そこを俺とルームさんとで渡り、倒れていた人を二人で抱えてまた川底をわたり、頭上の川は即効元に戻した。

もちろん、俺の魔力が多いからケレブは2匹とも唸ってはいても襲い掛かることもなかった。


「……お前、光の魔力は何でもできる魔力だと勘違いしてないか?」

「できることをしただけで、できないことはできないと思いますよ」


風を出したり、火をおこしたりなんぞはできないしな。


意識のないその人をとりあえずは仰向けに横に寝かせてみたところ、息はしっかりとあった。

ただ、腰のところに深い傷があり、ルームさんによると恐らく剣により切り付けられた傷だという。

まぁ、欠損も治せる治癒力なので、そこはすぐに塞いでおいた。


「このお方は、もしかしたら」

「知り合いですか?」

「多分、セプテントリ領主の次男様だ。この村はセプテントリ領内にある村だからな。顔だけしか知らんが、確か王城に仕えておられるはずだ。なんでこんなところに」

「まぁ、理由はさておき、傷は治療したので、あとは回復するための休養と栄養ですね。ルームさん、悪いけどこの人をこのまま隣村まで連れていってもらってもいいですか?」

「ああ、わかった。お前は関わらないほうがいいからな」

「ええ。ルームさんが1人で見つけたことにしてください。もちろん、いろいろと都合よく」

「ああ、っと、おい! ケレブがこっちに渡ろうとしてるぞ」

「ああ、獲物を取られて頭に血がのぼっちゃったのかな。うーん。どうしようかな」


なんとなく、指をケレブに向けただけだったんだが、


「キャン!!」


なんと、ケレブに向かって巨大な氷の剣が何本も出現していた。


「はっ?? なんで?」

「お前、ついに、光で他の属性まで……」

「ちょっと待ってルームさんっ。それ無茶あるから!」

「だが、氷だぞあれ。って待てよ、確か次男様は氷の属性だったぞ」

「……。ルームさんは光の属性。この人は氷の属性」

「……だな」

「俺、ひょっとして、触れた人の属性をもらっているんじゃ……」



その推理は見事に当たっていて、その後も触れた人が属性持ちの場合、もらおうと意識しているわけではないのに俺の属性は次々に増えていくことになる。


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