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1/12

1.

「アル、ずっと何を見てるんだ、外に何か?」


前の席の同僚ムーア・ベイリーから声をかけられるまで、結構長い時間を窓の外を見ていたことに自分では気付いていなかった。


仕事中だというのにだ。

まったく。

これでは、給料泥棒だ。


「すまない。サボっていたな」


ムーアがただでさえ細い目をさらに細めて、呆れたように俺を見た。


「何をいっているんだ! 仕事のし過ぎでレギア様からめちゃくちゃ怒られて、うっかり凍るところだったじゃないか! そんなお前が執務中に外を見るなんて珍しいから聞いただけだよ!」


怒られたのは、昨日のことだな。

と、ずれていた眼鏡をくいっとわざとらしく調整した。


アルフィ・シモンズというこの男(自分のことだが)はこういう仕草をする。

と心のメモに書き留めているからだ。


ちなみに、俺をこの世界で拾った男と考えたアルフィ・シモンズという男の基本情報は以下だ。


田舎出身で視力が悪く、銀縁のメガネをいつもしている(実際の視力は両目とも1.5だ)。

髪は明るめのブラウン。

痩せ気味で身長は175cm(この世界では少年ぐらいの体格とよくいわれる)。

年齢は22歳(実年齢はもっと上だ)。


さて、昨日の朝を振り返れば、皆が来る4時間前にきて仕事をしていたことを知られてしまい、上官のアイザック・レギア公爵様に怒られた。

という非常に単純なことだった。


問題なのは、その怒られ方のほうだ。

レギア様は冷気(比喩ではなく本当の冷気)を出され、俺だけではなくとばっちりを受けたムーアも凍る寸前だった。


ちなみに、ここはレギア様が領主となる王都からみて北の位置にある街「セプテントリ」の領主館。

仕事場の執務室は防衛上、一番上の3階にある。


3階までは階段で行くのだが単純ではなく、1階上がるごとに廊下の端にいき、次の階の階段を登るというふうに、直結で上には行けないようになっている。


いわゆる、ショッピングモールにある回遊させることが目的のエスカレーターのような造りで、急ぐ人には非常に効率が悪いシステムになっている。もちろんこれは、回遊が目的ではなく、防衛上のためだ。


敵がきたときに、いかにして時間を稼ぐのかということに尽きる構造だ。


レギア様は3年前まではセプテントリの隣の王都で宰相の事務官兼護衛をしていた。

次男のため、本来はずっと王城で仕事につく予定だったらしい。

ただ、彼の父親とその跡取りであったレギア様の兄が2年前に事故で急逝したため、セプテントリの領主に急遽任命されたそうだ。


身長はおよそ2m近くある。

髪は綺麗な白銀で背中まであるのを、いつも皮紐で一つに結んでいる。

瞳は赤茶で、肌は白色。

彫はとても深く、目鼻のバランスが整っている。


つまり、近くで見下ろされただけで大変な威圧感がある。


昨日は、そんな上司に、上からじっとりねっとりと見下ろされ、

その口元はゆっくりと弧を描き、

赤茶の瞳はいつもより一段ほど紅く変化していた(瞳の色が変化するのは有りなのか?)。


「アルフィ・シモンズ。君は、公務の規則を破って罰せられるのを好む人間か?」


彼の冷気で自分の足元がピキッと凍り出したのを実感した。

氷の属性を持ち、人だろうが、物だろうが一瞬で凍らすことができるとは知っていたが、発動するのに1秒もかからないことは予想外だった。


(ふーん。俺以外にも秒で魔力を使うことができる人がいるのか)


ちなみに、一般階級の騎士たちはこんなに早く攻撃魔力を出すことはできない。


さて、俺がこんなのんきなことを考えていられたのは、凍ることは自分にとっては別にたいしたことではなかったからだ。


もし全身氷漬けにされても、この身体ならすぐに対応でき死ぬことはないと知っている。


ただ、ひたすらバツが悪い思いをした。


なんで、もっとわからないようにやらなかったんだ俺、と。



そもそも論になるのだが、ここの仕事にかけられる時間は日中6時間しかない。

朝10時から始まる仕事は12時から2時間の休み(この時間もこっそり仕事をしたい!)を経て、18時に終わる。


(なんで、昼休みが2時間もあるんだ。どこぞの国のシエスタのようじゃないか。でもあれは暑い国特有のものじゃなかっただろうか、この領は比較的1年中すごしやすい気候だぞ)


調べたところ、別にセプテンリ領独自のシステムではなく、この世界ではそれが「公務」として与えられたあたりまえの時間で、実のところこの領主館でいえば今まではそれでも仕事は回っていた。


しかし、先月この部署のベテラン2人が王都の官吏として招集された。


元々ここの事務官は4人だ。

つまり、今月からレギア様付の管理部署の事務官は俺とムーアと2人だけになった。

まだ、新しい人材がくるのかなどは決まっていない。


次第にたまっていく書類

かつ、王都での領主会議もいつもより多くなり、週にレギア様さえいない日がほとんどになり、帰宅前にして終わらない書類の山。

それをムーアにわからないように操作して、朝残業で片付けていたのだ。


ムーアには基本俺から頼んだ書類がいくため、書類の量を把握させないようにしていたが、

レギア様が会議に行かなかった昨日今日で即バレた。



(さすがに、レギア様にはわかるか……)




「……そうだな。もう、あんなことはこりごりだ。このフロアからの眺めがいいからつい見てしまっただけだし。田舎を思い出すんだ」

「まったく、笑い事じゃなかったんだけどな。アルの肝はどれだけ太いんだよ!」

「悪かったって」

「もういいよ。そういえばアルの田舎って、北のオーゴリ村だったか」

「……ああ、高い建物は村の村長の館だけだったよ。見渡す限り平原で、山裾までよく見えていたな」

「すまない。もう、オーゴリ村はないんだったな」

「2年前の魔獣群発でね。といっても、村の住民は全員隣町に避難していたから大丈夫だ。そんなにかわいそうな顔をするな」


それに、俺の言う「田舎」は本当はそこではない。


確かに、オーゴリ村に住んではいたが、そこに俺の家族はいない。




オーゴリ村は、親切で純朴な人たちばかりの暮らしやすい良いところだった。

村人全員で100人弱ほどという本当に小さな集落だった。


村の端を流れる川幅10メートルほどの川から突然流れてきた「記憶のない(という設定にした)俺」を助け、空いている家を借してくれ、生活習慣や一般常識を教えてくれた。


お礼に、いつのまにかもってしまっていた魔力で、けが人や病気の人を治して生計を立てることができた。


そして、1年後、隣国から魔獣の塊が山を越えて村を襲った。

そのときに、オーゴリ村は壊滅し村としての機能の回復は望めなくなった。

幸い村の住民の避難は2日前に済んでいたため、村人全員が無事だったが、彼らは隣村やそのまた隣村で新しい生活をしなくてはならなくなった。


俺もそのうちの1人だ。


当時、村に魔獣の塊が来るという知らせを受け、魔獣討伐支援に来ていた第3師団が村に来てくれた。

そこには入ってまだ1か月という新人騎士がいて、そいつと意気投合し一緒に雑用をこなしていたら、偶然彼の上司である副師団長の目にとまり、セプテントリの領主館で事務官を募集している旨を聞かされて、今の仕事を紹介してもらうことになった。


村人なのに、文字の読み書きができ、しかも魔獣の第1陣が入るあたりの詳細な地図を描いて騎士の陣形を具体的に地図に書き込むというところが、副師団長には面白かったらしい。


まぁ、通常は目立つことはしないということを信条にしていたが、王都に行く目的があったのであえて副師団長の目に留まる行動をした結果だった。


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