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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第8章 誰がために花は咲く
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5月18日(土)⑩ 目に映る狂気

 真玖目は、その当時クリプト製薬に多額の投資をしていて、製薬会社上層部の連中は、その殆どが彼の言いなりであったらしい。そんな真玖目が突如として千柳の研究チームを仕切ることとなり、彼女は上層部からの圧力もあって、責任者の立場から降格させられてしまった。計画のリーダーに成り代わった真玖目は、エリートの学者らしい出で立ちとは裏腹に、何故か室内でもいつもサングラスをかけていて、常に怪しい雰囲気を漂わせていたという。


 そして彼がこの研究所に着任すると、唐突に、今の研究チームに新しいメンバーを加えると言い出した。


「そうして連れて来られたのが、あの子だったのです。コウちゃんは、まだ自身が赤ん坊の頃に親に捨てられ、両親の顔はどちらも覚えていないと言います。小学生になるまでずっと児童養護施設で育てられ、そこであの子は、万人に一人の超人的な才能を開花させたのです。……しかし、そのあまりに秀でた才能を持つ故に、学校ではいつも周りから距離を置かれ、誰からも相手にしてもらえなかったそうです。そうして一人ぼっちでいたところを真玖目に目を付けられ、ここへ連れて来られたのだと。――コウちゃんは私にそう語ってくれたのです」


 自分で設計した機械装置の周りを、まるで自分の庭のように駆け回っては不具合を見つけ調整している空越少年に、千柳は憐れみの目を向ける。あんなにも無垢な目を輝かせて装置を動かしている少年が、そんな暗い過去を抱えていただなんて、僕は考えもしなかった。


 ――空越少年をこの施設に連れて来た真玖目は、千柳らの開発した「アティラヴァG」を量産する為の装置を作るよう彼に命じた。機械工学分野に関して、ずば抜けた知識を持っていた空越は、薬の配合率や調合方法を教えてもらった途端、一週間もしないうちに装置の設計図を完成させてしまったという。


「まだ子どもでありながら、人間とは思えない程に優れたその才能を見せつけられ、私たちはただただ驚かされるばかりでした。こうして、クリプト製薬の全面協力の下、コウちゃんの設計した大がかりな装置が完成し、薬品の大量生産が可能となりました。すると、それまであの子の持つ能力に半信半疑だった製薬社の職員や、これまで信頼していた研究チームのメンバーですら、次第に目の色を変え始めたのです。真玖目はそんな彼らをけしかけ、あの子の天才的頭脳を利用して会社に貢献し、莫大な利益を上げようと画策させました。あの男のせいで、ここに居た研究所職員全員が、底知れぬ強欲の魔物に取り憑かれてしまったのです」


 それからは散々酷い目に遭わされる日々が続いたと、千柳は語る。来る日も来る日も研究室に拘束されて、体内から限界まで毒を抜かれ、栄養失調で倒れてしまっても、施設から出ることすら許されなかった。空越少年も、日々機械のメンテや調整を任されて、満足な食事や睡眠時間もろくに与えられずに働かされたという。


 そんな過酷な環境の中、空越がとうとう熱を出して倒れてしまったことがあった。彼のことを心配して看病をする千柳に対し、空越はこんな言葉を口にしたという。


『……あの人、きっと宇宙人だよ』


 突然そう言われて理解できなかった千柳は、「あの人って、誰なの?」と聞き返す。


『……僕、見たんだ。あの人の目がギラギラ輝いているところ。あんな目で睨まれたら、どんなに強い人だって一瞬で凍り付いちゃうよ。……だから、あの人の言うことは絶対に聞かなきゃ駄目だよ』


 千柳は、空越の言う「あの人」が真玖目であることを悟った。彼女はこの一件でリーダーである真玖目に不満を募らせ、ある時、彼の前で空越に対する不当な扱いを抗議したという。


 すると真玖目は千柳の方に振り向き、かけていたサングラスをずらし、その目を、彼女の前に晒した。


「あの目を見て、コウちゃんの言葉が真実であることを悟りました。あの子の言う通り、彼の目は本当にギラギラと銀色に輝いていたのです。水銀のように冷たい光が、鋭い視線と共に私の体を貫き、一瞬にして身が凍り付きました。銀の目で睨み付ける真玖目は、恐怖のあまり動けない私の前でこう言ったのです――」


『……この私に楯突こうとする奴を見ると、いつも目が疼いてしまっていけない』


 そして彼は、サングラスを元の位置に戻し、千柳に背を向けて更に言葉を続けた。


『――次に私が君と目を合わせる前に、君は私の視界から消えた方がいい。……でなきゃ、どうなっても知らないよ?』


 千柳はその言葉から滲み出る狂気を感じ、逃げるようにして彼のもとを離れた。


「……恐ろしい男です。あの男は私たちの抱える苦しみなど、何とも思っていないのです。まさに冷酷無比という言葉を体現しているような存在でした」


 そうして、彼らのいい様に扱き使われる日々が続き、千柳の内に秘めた怒りは日に日に募っていった。自身の研究の成果を奪われ、悪事に利用されたこともそうだったが、何よりも、まだ幼い空越少年を巻き込んでまで私利私欲を満たそうとする彼らの非道な行いが許せなかった。――そして、そんな空越を守れない無力な自分が許せなかったと、千柳は語る。


「こんな、誰一人の役にも立てないまま一生を終えてしまうくらいなら、私はもう生きている価値もない。――そう気付いた時、私はある決心をしたのです」


 千柳自身がそう心に決めた瞬間から、彼女の容赦無き壮絶な復讐劇が始まってしまったのである。

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