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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第8章 誰がために花は咲く
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5月18日(土)④ 悪魔もお手上げ

「あれだけの量を相手するのは流石にキツいな。……これは、あいつに手伝ってもらうしかなさそうだ。――おいウニカ、いつまで寝てるつもりだ。いい加減起きろよ」


 長雨がそう言って銀の銃を放り投げると、たちまちその銃は少女の形へと変身し、地面に尻餅をついた。


「いたた……何だマスター、人が気持ちよく寝てるところを叩き起こして……」


「うるさい、仕事だ。あれをみんなまとめて刈り取って道を切り開いてくれ。『チョッキンチョッキン』をやるんだ」


 長雨が怪物の大群を指差してウニカに指示を出す。「チョッキンチョッキン」とは技名か何かだろうか? それにしてはあまりにネーミングが子どもっぽい。


 主人に命令されたウニカは、やれやれと言わんばかりに大きく溜息をついてひょいと立ち上がり、頭をポリポリ掻きむしりながら前方を見据える。


 ――が、迫り寄ってくる化け物たちを見て、彼女は体を硬直させた。


「ちょっ……あ、ああああれって……いっ、いっ――」


 途端に顔中真っ青になっていくウニカの口から、渾身の叫びが放たれた。


「いやぁ~~~~っ‼︎ オバケだぁ~~~~っ‼︎」


 ――そういえば以前、美沙代さんに古井戸へ降りるように言われた時、あの子は全力で嫌がっていたことを思い出す。亀蛇と戦った時は悪魔の本当の強さを見たように思ったけれど、やはり外見がそうであるように、いくら悪魔であっても中身はまだ子ども。人間の子どもと同じく、怖いものは怖いのだ。


 しかし、そう叫びながら振りかざすウニカの小さな両手がめきめきと音を立て肥大化し、同時にそれまでちんまりとしていた爪が、鎌のように長く湾曲した鋭利な刃物へと変化していく。


「こっち来るなぁ~~~っ‼︎」


 ウニカは躊躇無く奴らの正面から飛びかかり、五本の鎌と化した手先をふるって、怪物共をいともあっさりと薙ぎ払ってしまった。


「いやぁああっ! 来ないでぇ! あっちいってよぉ~~っ!」


 泣きベソかきながらも、そのまま怒涛の勢いでツタに巻かれた怪物たちを薙ぎ払いながら突き進んでゆくウニカ。その凄まじい力に僕は閉口してしまう。火事場の馬鹿力とは、まさしくああいう状況のことを言うのだろう。


「ちっ、あの馬鹿。この先何があるか分からないから慎重に行くべきなのに――」


 長雨がそう注意を促そうとした時、それまでバッサバッサと化け物を切り払っていたウニカの前に、見たことのない新たな怪物が現れる。


 それは、これまで見てきた植物人間の中でも一際巨大な頭を持った個体で、ブロッコリーのような形をした頭に、柘榴ざくろのような小さく赤い粒々がびっしりと付着していた。


「ぎゃあああああぁっ‼︎ 風船お化けだぁあああっ!!」


「おい、それに迂闊に触れるな――」


 長雨がそう警告した時には既に遅く、ウニカの爪が化け物の巨大な頭を引き裂いた瞬間、膨れていた頭がポンと音を立てて弾け、中から黄色いガスが噴き出した。


「ふぎゃっ‼︎」


「みんな息を止めろ!」


 僕と長雨、そして紬希は咄嗟に鼻をかばって辛うじて黄色いガスをやり過ごす。


 しかし、間近でもろにガスを吸い込んでしまったウニカは、その場にへなへなとへたり込んでしまった。


「ウニカ、平気か? しっかりしろ」


「ふ、ふにゃあ……あぅ……」


 ウニカは完全に脱力し、そのまま長雨の腕の中で眠りに落ちてしまい、溶けるように黒い煙へと姿を変えると、瞬く間に銃の姿に戻ってしまった。


『……草木の尊い命を粗末にするような愚かなネズミには、暫しの間、痺れ作用のある花粉で眠っていてもらいましょう』


 また、何処からかあの女性の声がした。


 彼女は施設のいたるところに設置されている監視カメラを使って、僕らの様子を逐一で監視しているようだ。彼女は僕らの居る位置を把握している。だから、あえて僕らを追い詰めるように怪物たちを送り込み、庭園の中を逃げ惑う姿をゲームのように見て楽しんでいるのかもしれない。もしそうだとしたら、相当(たち)の悪い相手だ。


 そして、頼みの綱であったウニカが戦闘不能に陥った今、僕たちは本当の窮地に立たされてしまっていた。製薬施設の地下を迷宮のジャングルに変貌させ、おぞましい怪物たちをチェスの駒の如く操ってしまう彼女は、一体どんな能力の使い手なのだろう?


「くそっ……暫くの間、ウニカの協力は期待できそうにないな」


 長雨は舌打ちして、仕方なく銃の姿に戻ったウニカを腰のホルスターに差し込んだ。


「多分、あの怪物の膨れた頭の中には花粉がぎっしり詰まってたんだ。ちょっとの刺激でもすぐに破れてしまうかもしれないから、下手に触らないようにしないと……」


 僕がそう注意喚起すると、その言葉を聞いた紬希が「じゃあ、この先には行けないね」と前方を指差した。


 紬希の指し示した通路からは、あのブロッコリー頭の化け物たちがうようよと湧いて出てきていた。奴らを銃で撃とうものなら、頭に当たって、さっきのように痺れ作用のある花粉を飛び散らせてしまうだろう。


「こっちにまだ道が続いてる! 行くぞ!」


 僕たちは進路変更を余儀なくされ、後から追ってくる「召使い」たちからの追跡を振り切り、ジャングルと化した地下庭園の中をひたすら逃げ惑っていた。

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