5月18日(土)② 地下庭園へようこそ
僕たちは謎の女性の声に導かれて、開かれた通路を進んでゆく。
そうして、行き着いた先はエレベーターホールだった。僕らが到着すると同時に、三台並んだ昇降機の一台が勝手に稼働し、四階層も続く地下から上へ昇ってくる。
『――どうぞお乗りください』
ドアが開いた途端、むっと溢れ出てきた青臭い空気に息が詰まった。言われるがままにエレベーターに乗り込むと、生暖かく多湿な空間にどっぷりと体を浸からせていくようで酷く気持ちが悪い。
全員が入ると予告もなくドアが閉まり、エレベーターが下へと動き始める。僕たちは一体何処へ連れて行かれるのか、徐々に肥大する不安と恐怖に、銃を握りしめた手から汗が止まらない。
「……まるで、何か巨大な生き物のお腹の中に入っていく気分……」
紬希が密かにそう呟く。エレベーターの鈍い稼働音すら、得体の知れない生き物の息遣いのように聞こえてくる。
『まもなく到着します。下に到着しますと、私の召使い共があなた方を快く出迎えてくれることでしょう。――どうか、私の作り上げた夢の楽園世界を、心ゆくまでご堪能ください』
長雨が腰に刺していたウニカを引き抜き、構えの姿勢を取る。僕も慌てて持っていた銃を扉の前に向け、敵襲に備えた。
エレベーターはとうとう最下である地下四階に到着し、チャイム音と共にドアが開く。
途端に押し寄せてくる熱気と、むせるような湿気。そして脳を溶かすような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
――扉の前に現れたのは、網状に絡まった植物のツタだった。ゴムホース程の太さがあるツタに、葉脈のほと走る緑色の葉がびっしりと生い茂っている。これまでに見たこともない未知の植物がエレベーターの前に蔓延り、出口を塞いでしまっていたのである。
「何だよこれ……」
唖然とする僕たち。まるで別世界への入り口を開けてしまったような錯覚を覚える。
「まったく、出だしからこれじゃ、この先が思いやられるね。……とにかく、まずはここから抜け出そう」
「分かった。私に任せて」
紬希が持てる怪力で行手を遮るツタを引きちぎり、どうにかエレベーターから脱出することができた。
しかし、僕たちが足を付けている床、壁、天井に至るまで、通路の表面全てを謎の植物が余すところなく覆い尽くしてしまっていた。もはや人工的な施設としての面影は無いに等しく、まるで密林のジャングルの中に居るようだ。
そして、蔓延る太いツタの至る所から顔を出す、百合のように巨大な赤い花。その花弁は蛍のように淡く暖色に発光しており、あちこちに点々と散在する小さな明かりが、その異様な密林の世界をぼんやりと不気味に照らし出していた。
「どうやら、ここがその『地下庭園』らしいね。相手はこの施設を丸ごと呑み込んでしまえるだけの力を持っているらしい。気をつけて進んだ方が――」
その時、ふと何かの気配に気付いたらしく、長雨が言葉を止めた。遠くの方からガサガサと葉の擦れる音が近付いてくる。僕と長雨は音のする方へ銃を向けた。暗闇の中、灯火のような小さな光が人魂のようにぼうっと幾つも浮かび上がった。その灯りはゆらゆらと揺れながらこちらに近付き、やがて僕らの四方を取り囲む。
「あれは……人?」
近付いてくる影の輪郭がはっきりと見え始め、それが人影だと分かると、僕は助けを求める為に彼らに駆け寄ろうとした。
しかし、長雨が僕の肩をつかんで引き留める。
「待て。――あれは人間なんかじゃない」
「えっ……」
長雨の言葉に困惑したのも束の間、発行する花の暖色の光に照らされ、暗闇から浮かび上がった人影の姿が露わになる。
――それは、確かに人間の形を模してはいた。
しかし、その全身には無数のツタがまとわり付き、顔から足先に至るまで、余すところなくびっしりと葉が生い茂っていた。手だった部分には鋭い棘の生えたツルが垂れ下がり、頭部にはあの拳ほどある赤い花が所狭しと咲き乱れている。そしてどろりとした粘液の垂れる口元が大きく開くと、まるでシュレッダーのようなノコギリ状に連なる白い牙が覗き、シュウシュウと蛇のような噴気音を漏らした。
僕は悲鳴を上げて飛び退く。頭に満開の花を咲かせる植物の化け物は、僕らの退路を塞ぎ、まるで餌に有り付こうと闇の中から群がってくる屍人たちのように、のさりのさりとこちらへ近寄ってきていたのだ。




