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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第7章 引きこもり大先生
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5月14日(火)③ 扉越しの感想発表会

「この漫画の主人公凄く強いんだね。最初いきなり登場したと思ったら、問答無用で建物を占拠していたテロリストたちを二十人も殴り倒すところ、凄くカッコ良かった」


「…………」


「テロリストのボスが少女を人質にしてヘリコプターで逃げようとしてるから、どうやって追いかけるんだろうって思っていたけど、まさか引きちぎった電線を投げ縄にしてヘリコプターに引っ掛けるなんて、私考え付かなかった」


「…………」


「投げ縄に捕まったヘリコプターが火を吹いて墜落するとき、落ちていく少女を間一髪で拾い上げるシーンは特に描写が細かくて迫力があったわ」


「……あ、当たり前だろ。その場面は、僕が一番頑張って描いたところなんだからさ」


 ようやくここで天登が言葉を返す。驚いたことに、紬希は彼が最も力を入れて描いていた場面を的確に見抜いてしまっていたのである。


「ていうか、この子空を飛べるんだね。落ちていく少女を拾える位なんだから、かなりの速さだよね」


「……マッハ三のスピードで飛べる。せっ、戦闘機よりも速いんだ」


「へぇ、それなら世界一周するのもあっという間だね」


「そうでなきゃ、世界の平和は守れないだろ」


「この主人公は一人で世界を守っているの?」


「そうだよ。一人で世界中を駆け回って、蔓延る悪を倒す最強無敵のヒーローなんだ」


 二人の会話が弾み始める。紬希が話を重ねる毎に、それまでつっかえていた天登の言葉も自然になり、生き生きとした響きを持ち始めた。


 僕は天登の描いた漫画のノートを手に取ってみる。表紙には「それいけ‼スライムマン」と描かれており、開いてみると、冒頭から坊主頭の少年がマントをなびかせ、空を駆けている場面が粗々しく描かれていた。そして、彼の胸にはスライムマンの頭文字である「S」が大きく刻まれている。


 この主人公の外見は間違いなく天登本人がモデルになっているのだろうけれど、他にも数ある著名なヒーローの特徴を多く盛り込んでいるようだ。そんな奇妙なルックスをしたヒーローが、ノートの中でテロリストたちを容赦無くボコボコにしていた。絵は雑だし、吹き出しの文字も読み難く、ストーリーはお決まりのながれで、最終的に敵を倒して仲間を救ってハッピーエンド。めでたしめでたし。同じ内容の話を既に百冊以上も描き続けている天登に、僕は彼のヒーローに対する異常な憧れと強い執念を感じた。


 ――しかし、ヒーローを心から愛し、夢見ている人物は彼だけではない。今、僕の隣で天登の話を熱心に聞き入っている紬希。彼女の持つ「困っている人を一人でも多く助けたい」という信条は、ヒーローと通じるところがある。そう考えれば、紬希も彼と同じくヒーローに執着する熱心な信者の一人であると言えるだろう。成る程、志を同じくする者同士が集えば、話が合って盛り上がるのは当然のことだった。


 感心している僕の傍で、二人の会話は際限なく進んでゆく。鼻から話について行けない僕は、終始置いてけぼりを喰らう羽目になり、紬希はずっと部屋の向こうに居る天登と、漫画を介したヒーロー談義に花を咲かせていた。



「――今日は色々と話せて良かった。これ、返すね」


 帰り際になり、紬希はそう言って、扉と床の隙間に漫画のノートを滑り込ませた。


「ちょっと待て!」


 天登の声が帰ってくると同時に、扉の隙間から今度は別のノートが滑り出てきた。表紙には「それいけ‼スライムマン 一二五冊目」と書かれていた。


「ど、どうせ明日もまた来るんだろ? ……ほら、次の巻も読んで、また感想聞かせてよ ……ま、待ってるから、さ」


 恥ずかしがってか、今にも消え入りそうな声ではあったけれど、天登の口からこぼれたその言葉は、また会ってほしいという彼の内面の気持ちが色濃く表れていた。


「分かった。必ずまた来る」


 紬希は彼にそう約束し、この日から僕らは天登の家に通い始めることになったのだった。

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