5月12日(日)② 意外なパトロン
……さて、秘密基地のコンセプトが出来上がったのは良いものの、内装の為の巨額な資金をどうするかという肝心な問題がまだ残っていた。
業者に頼むわけではないので、そんなに出費は嵩まないとは思うのだが、それでも改装に必要な道具や材料、家具や装飾具まで揃えるとなると、やはりそれなりにかかってしまうだろう。
けれども月歩さんは、資金調達をどうするかで頭を悩ませていた僕たちに、ある提案を持ち出した。
「……なら、あの人に頼んでみたらどうかしら?」
◯
「――あん? この基地を内装する為の資金が必要だって?」
見渡す限り弾薬の詰まった木箱と大量の武器で埋め尽くされた部屋の中で、自身の商売品である銃器の手入れをしていた器吹が、持っていた機関銃を地面に下ろしてこちらを振り返る。そのギラリとした狂気を孕む瞳に射抜かれ、僕は緊張のあまり生唾を飲み込んだ。
「ええ。この秘密基地を、誰もが気軽に立ち寄れるカフェのような内装にしたい。その為には、幾らかお金が必要なの。だから、あなたの力を貸して欲しい」
出資が必要な理由を最も簡単にぺらぺらと素直に喋ってしまう紬希を前にして、僕は余計に焦ってしまう。
お金を貸してくれだなんて、そんなことを言ったところで許してもらえるわけがない。この人は武器の売買を生業にしている商人であって、違法行為に手を染めてまで稼ぎを得ているのである。
本人を前にして失礼かもしれないが、そこまで膨大なリスクを冒して得た貴重なお金を、他人の為に寄付してくれるようなお人好しであるとは到底思えない。
――と、僕は確信していたのだが……
紬希に頼まれた器吹は、顎をしゃくりながら僕らをじっと睨み付け、こう問い掛ける。
「それは誰からの頼みだ? ――えっ、あの巨乳のねーちゃんがか? ああ……」
一呼吸置いてからの、
「……なら、いいよ!」
即答だった。僕らの前にグッと親指を突き出して白い歯を覗かせる器吹。絶対に断られるだろうと思っていた僕は、意表を突かれて彼にかけるべき感謝の言葉すらも忘れてしまっていた。
すると、唐突に部屋の中から笑い声が漏れる。
「ふははっ! ――だから言っただろ。こいつは頭のネジが数本外れてるって」
それまで気付かなかったが、部屋の奥で武器の手入れの手伝いをさせられていた長雨が、笑いながらそう言った。彼の隣で、幼馴染の氷室も同じく自慢の掃除の腕を発揮して、一生懸命に銃器の手入れをしている。
――そうだった。この男はウニカのような幼い女の子に平気で、しかもお小遣い価格で銃を売り付けるような筋金入りの変態であったことを、僕はようやく思い出した。
「ただぁし!」
が、そこで唐突に釘を刺すように、器吹は突き出していた親指を人差し指にすり替えて言う。
「今回出資するにあたり、一つこちらから条件を提示させてもらおうか」
そう言われて、僕は再び身構えた。彼の口から一体どんな条件が飛び出して来るのか、恐怖と不安が体中を駆け巡った。
「そのカフェ? とやらを開くのなら……カワイイ女の子にフリフリなメイド服を着させてウェイトレスをやらせること! それが条件だっ‼︎」
――が、彼の答えを聞いて、身構えていた自分の方が愚かであったことを瞬時に悟った。それじゃあ完全にメイドカフェになってしまうではないか。奥で武器の手入れをしていた長雨が、器吹の答えを聞いて肩を震わせ必死に笑いを堪えている。
「そんなことなら問題ない。その役は私が――」
「いや、大いに問題ありだと思うんだけど……」
僕は溜め息をついて項垂れた。もう分かっている事ではあるけれど、紬希は、それが連合団の任務であると言われれば、喜んでメイド服だって着用するし、給仕だって文句も垂れずにこなしてみせる――そんな、普通とはかけ離れたちょっと特殊な女の子なのだ。
……ところが、そこへ思わぬ刺客が現れる。
「あ、あの……良ければ私もそのウェイトレスの仕事、やってみたい……です」
そう言って手を挙げたのは、それまで黙々と銃の手入れに精を出していた氷室だった。これには、隣に居た長雨意表を突かれて目を丸くしてしまっていた。
「お、おい氷室……冗談で言ってるだろ?」
「いいえ。その……実は私、以前からそういう仕事に……他人に尽くせるような仕事に憧れていて……だから、一度やってみたくて」
「おぉ、まさか志願者が二人も出てくるとは! 良いぞ良いぞ! 君らみたいな子が揃って奉仕してくれたら、おじちゃんも嬉しいんだけどなぁ〜」
「「良くないっ‼︎」」
僕と長雨の叫びは見事にシンクロし、洞窟中に響き渡ってしまった。




