5月12日(日)① 月歩さんの夢
<TMO-1077>
5月12日(日) 天気…晴れ
○
結局昨日は、それから全員総出で秘密基地を片付ける手伝いをさせられ、夕方までひたすら汗を流す羽目になってしまった。特に器吹が持ち込んだ武器弾薬はどれも重いものばかりで、持ち運ぶのには相当骨が折れた。
でも、これらの荷物を港の倉庫からここまで運んでしまった月歩さんの高速の手にかかってしまえば、こんなもの一瞬で片付けられるはず……と思っていたのだが、彼女は何故か僕らの前では瞬間移動の能力を使わなかった。
「能力者としてのレッスンその四! 『必要な時以外にむやみやたらと能力を使わないこと』。時にはこうやってみんなと楽しくワイワイやりながら片付けとかするのも、いいものじゃない?」
月歩さんはそう言いながら、「よいしょ」と汗を流しながら重い荷物を抱え上げていた。
結局、かなり時間はかかってしまったけれど、頑張った甲斐あって、おかげで基地はすっかり綺麗になり、より広々とした空間になった。月歩さんがコンクリで塗り固めた床も粗方乾いてしまい、固まった床の上に石のタイルを隙間無く並べることで、問題なく歩けるようになっていた。
とはいえその外見は、それまで岩だらけだった地面を平らにしただけで、床の上にはまだ何も置かれておらず、まるで引越ししたての部屋のように殺風景で無味乾燥としていた。それに周囲にはまだ無骨な岩が剥き出していて、どうしてもじめじめとした洞窟の中にいる感覚を拭えない。外観を取っても居心地を取っても、人が過ごす為の秘密基地としてはまだ少し不十分なところがありそうだった。
「なら、今度は四方にも壁を作らないといけないわね。そして入口には扉を作って……」
基地の完成図を想像しながら次に改装する箇所を手元のノートにメモしてゆく月歩さん。まるで工作をする子どものようにウキウキしている彼女の様子を、僕と紬希の二人はまだ出来たばかりの床の上に座り込んでじっと見つめていた。
「壁はどんなのがいいかしら? 床と同じようにセメントで固めるのも堅牢な造りになって良さそうだけど、なんだか牢獄みたいな外見になりそうで嫌よね……煉瓦を積み重ねた壁とか、暖か味があって良さそうかな? ……いや待って、むしろこのままにした方が斬新で良いのかも……」
月歩さんは岩壁の前に両腕を伸ばすと、指を四角にして枠を作り、色々とイメージを当て嵌めながらしばらく悩んでいたが、なかなか答えが出ないらしく、アイデアを捻ることに疲れて彼女はその場に座り込んでしまった。
「何かこう、基地を作る上でこんな感じにしたいだとか、内装に関するコンセプトが欲しいのだけれど、二人に何か良い案はないかしら?」
そして、いきなりそんな難しいことを月歩さんから振られてしまい、僕は困ってしまう。僕はこれまで、何かしらのものを一から自分で作ったりしたことがなく、ましてや部屋を作る上でどんなコンセプトにしたいだとか、そこまで踏み込んで考えたこともなかった。
しかしそこへ、隣に座っていた紬希がこんなことを提案する。
「……秘密基地とはいえ、誰もが気軽に立ち寄れるような雰囲気にしたい。年代を選ばず、大人から子どもまで、誰もが居心地の良くなるような場所がいい」
紬希の出した案に、月歩さんは理解を示すように何度も頷いてみせた。
「なるほどね……私たちのような限られた人にだけが知っている、秘密の溜まり場みたいな……」
秘密の溜まり場――
そのワードを聞いた僕の脳裏にふと、以前月歩さんがとある夢を語っていたことを思い出した。
そして思い出すと同時に、その言葉は自然と僕の口から出てきていた。
「――カフェ」
「えっ?」
月歩さんが仮面の奥で僕と視線を合わせた。
「……前に月歩さんが言ってた夢――秘密のカフェを開く夢、今ここで叶えてみたらどうですか?」
地下の洞窟をカフェに改装してしまう――まるで夢のような話だけれど、僅か数日の間に凸凹だらけだった洞窟の地面を平らにし、それまで暗かった周囲に灯りを点し、人が居られる場所へと早変わりさせてしまった彼女になら、出来ない話ではないと僕は思った。
「……うん、それいい。凪咲君の考えに、私も賛成。それまで叶わなかった夢を叶える為なら、私たち連合団も喜んで手を貸すわ」
紬希も乗り気になったのか、すっと立ち上がってそう答えた。
僕らの提案を受けた月歩さんは、暫しの間考え込んで沈黙していたが、やがて仮面の口元から笑い声を溢して言う。
「ふふふっ……本当にいいのかしら? ここはあなたたち連合団のための基地であって、私だけのものではないのだけれど」
「でも、ここを最初に見つけたのはあなた。……だから、この基地を作る上でのコンセプトと内装作業に関する一切の判断は、全て月歩さんにお任せするわ」
連合団団長である紬希から、直々に基地製作に関する一切合切を任された月歩さんは「あらあら、それは光栄至極ね」と、気を引き締めるように大きく息を吸い込んでから立ち上がった。
「――分かったわ。なら、ここを誰もが気軽に立ち寄れるような、お洒落で垢抜けた『連合団カフェ』に、ささっと模様替えしちゃいましょうか!」
彼女の言う「ささっと」がどれくらいの期間になるのかは分からないが、きっと近いうちに、このじめじめとした暗い洞窟の雰囲気も、より見違えるものへ一変するのだろう。そう僕は予想していた。




