5月11日(土) 新たな住人
<TMO-1076 CP>
<TMO-1076>
5月11日(土) 天気…曇り
○
昨日の亀蛇との戦いから一晩が明けた。最近ろくに睡眠が取れなくて疲労困憊していた僕は、昼過ぎまでぐっすり寝込んでやるつもりで毛布にくるまっていた。どうせ今日は土曜日だ。だらだらしながら時間を潰す日が一日くらいないと、やってられない。
……しかし、突然部屋の外で誰かが窓を叩いたことにより、今日一日怠惰に過ごしてやろうという試みは儚くも断たれてしまう。
僕はやれやれと溜め息を吐いて、眠い目を擦りながら窓のカーテンを開ける。すっかり昇ってしまった眩しい陽光が僕の目を刺すと共に、一階の屋根に佇んでいた紬希の姿を映し出した。
「凪咲君、おはよう」
「……ん、おはよう」
僕は老人のようなしわがれた声で挨拶を返す。
「……なぁ、紬希」
「何?」
「言っとくけど、ここは玄関じゃないんだぞ」
「うん、知ってる」
「はぁ……ひょっとしてお前、わざわざ近所にある家の天井を伝いながらここまで来たのか?」
「うん。でも、これも私の能力を試すための――」
「「訓練」」
僕は紬希がそう答えるであろう単語を予測し、彼女に被せるようにして答えた。
「そう、その一環だから」
予想通りの答えに、僕は溜め息を吐いて項垂れる。
「あのなぁ……確かにその力のおかげで、何度も危ないところを救われたのは認めるけど、なるべく人前で力を使うのは避けて――」
そこまで言いかけたところで、僕は口をつぐんだ。昨日、自分が紬希に向かって躊躇いなく銃弾を撃ち込んだ時の記憶が、脳裏にフラッシュバックする。思い出したくもない記憶を呼び出してしまい、僕は反射的に首を横に振った。
(……ったく、自分が言えたことかよ……)
僕は自分の過去に起こした言動と今の言動がとんでもなく矛盾してしまっている事に気付き、どうしようもなくなって寝癖の付いた頭を掻きむしりながら「……やっぱ、もういいや」と言葉途中で投げ出した。
それに、下の階に居る僕の両親は、一ヶ月ほど前、近所を挨拶して回っていた際に紬希と初対面しているのだが、彼女が初っ端から不穏な印象を植え付けてしまったせいもあり、まず間違いなく二人は彼女のことを良く思ってはいないだろう。そう考えれば、玄関を通らずに僕に会いに来てくれたことは、ある意味で幸いしたかもしれない。
「……で、今日は何の用なの?」
「月歩さんが見つけてくれた秘密基地の片付けを手伝って欲しいって頼まれたから、一緒に行きましょ」
「ちなみにそれって、僕に拒否権はある?」
「月歩さんが『男手が欲しい』って言ってたから、今日は無いわ」
「……分かったよ」
こうして、僕は休む暇すら与えられずに、再び秘密基地へと駆り出されることとなってしまうのだった。
◯
紬希に連れられ、裏山の神社にある古井戸を降りてみると、それまで真っ暗だった洞窟の中が、暖色の明るい光に満ちていた。
長雨がまた照明の魔法を使っているのかと思ったがそうではなく、洞窟の周りを囲うようにして電線が張り巡らされており、その線から幾つも吊り下げられた白熱電球が、周囲に煌々とした明かりを放っていたのである。
そして、広い洞窟内には何やら大量の木箱が積み置かれていて、それらの箱には全て、何かの頭文字らしい「BBB」というアルファベットが表記されていた。
「おっと、そいつは売り物だから丁重に扱ってくれよ」
積み上がった木箱の奥から現れたのは、ぶかぶかの迷彩服を纏った骨と皮だけの男、器吹練一だった。
彼の売り物――つまりこれらの木箱には、全て器吹が商売で取り扱う武器と弾薬がぎっしり詰まっていたのである。
「しかし、こりゃたまげたな……こんな立派な洞窟、そう簡単に見つけられるもんじゃねぇぜ。これもあの巨乳ねーちゃんが一人で見つけたのか?」
「巨乳ねーちゃん」とは、きっと月歩さんのことなのだろう。すると、器吹の背後からひょっこりと現れた長雨が答える。
「俺も最初見た時は驚いたよ。だが隠れるにはもってこいの場所だ。例の薬品分析の為の機材も中に運び入れておいたから、好きな場所に据え置くといい」
そう言われた器吹は、「本当にいいのか?」と目を輝かせながら尋ねる。
「礼ならあのコスプレウサギ女に言ってくれ。俺はここを紹介しただけで、ここを見つけたのは彼女だからね」
長雨が話していると、洞窟の奥からやって来た月歩さんが二人の話を聞き付けて、謙遜するように手を横に振って言った。
「あら、ここを秘密基地にできたのは私一人だけの力じゃないわ。器吹さんから頂いた発電機のおかげで、こうして明かりにも困らなくなったし、それに氷室さんも色々と手伝ってくれたから、おかげでこっちもかなり助かっちゃったの」
そう話す月歩さんの横で、置かれた木箱から何丁ものアサルトライフルを取り出しては奥に運び込んでいた氷室が、「えっ? 私ですか?」と驚いた顔で振り返った。
「いえ、あの……全部月歩さんに任せきりにするのも悪いですし、私、こういう部屋の片付けとか掃除が好きなので」
持っていたライフルの束をぎゅっと握りしめたまま、恥ずかし気にそう答える氷室。そんな彼女を傍で見ていた器吹が、「武器を抱えた女の子」という構図に性癖を突かれたのか、「おぉ、これは絵になる……」とぶつぶつ独り言ちている。
「……それに、纏君が自分の部屋を散らかしたまま寝てしまうことがよくあるので、毎朝通学する際に彼の家にお邪魔して部屋の掃除をしていました。だから、手慣れちゃっていることもあって……」
「おい氷室、余計な事まで言わなくていいっての」
意表を突かれた長雨が、顔を赤くしてそう言い返した。
「ふふ……それにしても驚いたわ。こうして早速新しいお仲間さんが来てくれるんだもの。でも、こんな大量の武器や機材まで中に運んでくれって長雨さんに頼まれちゃった時は驚いたわ。新しく住人が増えたのは嬉しいけれど、こんな物騒なものまで家の中に持ち込むのは、お姉さんあまり感心しないんだけどなぁ」
月歩さんは不満げにそう言いながら、隣に据え置かれていた脚付きの重機関銃を指でつんつん小突いていた。
聞いたところによると、これらの武器は美斗世港にあった倉庫のコンテナから僅か一晩の内に全てここに運び入れてしまったという。流石は史上最速の月歩さん。仕事をこなすのが早過ぎる。
「それにしても、君たちはここを拠点にして、一体何をしているんだ?」
すると、器吹がふと思いついたように長雨にそう尋ねた。
「あぁ……言い忘れていたが、今の俺は紬希や凪咲君と一緒にチームになって動いているんだ。……で、ここがその新たな拠点という訳さ」
「チーム? なんて名前のチームなんだ?」
器吹がそう尋ねると、二人の間に割り込むようにして紬希が口を挟んだ。
「放課後秘密連合団。団長は私。今、団員絶賛募集中なの。良ければあなたも――」
「いや、絶賛は余計だろ」とすかさず僕が横槍を入れる。
「……だ、そうだ。器吹、お前も入ってみないか?」
そう長雨から誘われた器吹は、暫くの間、眉間にしわを寄せて深く考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「……そうだねぇ。俺はかつて自衛隊で働いていたこともあったんだが、集団の中で行動するってことがどうも肌に合わなくて除隊したんだ。チームで行動するより、一人で気ままにやっていく方が性に合ってると思ったからね。おまけに周りはむさくるしい男ばっかりで、本当にろくな奴が居なかったからなぁ。でもここなら、そうだね……」
彼は一呼吸置いて、それから沈黙を破るようにして一言。
「うん、なら入る!」
意外にもあっさりと入団を認めてしまい、僕は眼から鱗だった。
「……え? 入ろうと思った理由? そんなの周りを見れば分かるだろう? 可愛い女子高生の団長に、史上最速の巨乳ねーちゃん、おまけに幼女を連れた俺の店の常連客まで入っているとなれば、入らない理由なんて無いだろう? ぐへへへ……」
そう言って口元から垂れたよだれを吹く彼に対して、僕は呆れて声も出なかった。そんな卑猥な理由で入団を決めてしまった器吹は、やはりウニカの言った通り、根っからの「変態エロオヤジ」なのだと僕らは再認識する。
「――ま、でも真面目なことを言うと、お前たちチームのおかげで、あのカメレオン野郎を倒せたのは事実だからな。ここの奴らとは上手くやっていけそうだって、直感で感じたのさ」
後々、彼はそう訂正を入れて、ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべたのだった。
 




