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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第6章 熱き血潮に賭けてみよ!
74/190

5月10日(金)⑩ 戦いを終えて

挿絵(By みてみん)

<TMO-1073>







 次に亀蛇が目覚めた時、彼の顔にはすっかり血の気が戻り、あれほど酷かった吐き気も治まっていた。薬物注射を繰り返したことで赤い斑点が付き、どす黒い血管の浮き出ていた舌も、今はその表面に傷一つなく、滑らかで薄いピンク色をしている。


「……あ、あれ……俺は――」


「おやおや、ドンくさい爬虫類がお目覚めのようだぞ」


 亀蛇が目を開けた途端、視界にウニカが入り込んできたものだから、彼は先の戦闘で彼女に酷い目に遭わされたことを思い出したらしく、震え上がって後退った。


「へぇ、我を怖がっておるのか? ふふん、さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのやら……」


「うっ、うるせぇよ。近寄るんじゃねぇこのチビ悪魔!」


「む〜っ、我はチビじゃないっ! これでも魔界最強の――」


「おいウニカ、その辺にしておけ」


 目覚めたばかりの亀蛇に食って掛かろうとするウニカを、長雨が制した。


「さっきの魔法弾で、お前の体を蝕んでいた薬物の毒素は完全に消え去った。今のお前は全くの健康体だ。……さて、今にも死にそうだったお前を救ってやった、言わば命の恩人である俺たちと、まだやり合う気でいるのか? もしまだやるってのなら、今度こそ確実に叩きのめしてやるよ」


 長雨が威嚇するように鋭い目を亀蛇に向けると、彼はあたふたと狼狽しながら答えた。


「ぐっ……わ、分かった分かったよ! 俺の負けだ、認める! 認めるっつの!」


 そう喚き立て、亀蛇はその場で大きく項垂れて頭を抱えた。


「くそっ! 何で俺、こんなに弱くなっちまったんだ……あのヤクのおかげで最強になれたつもりだったのに、何でこんな奴らに……畜生、ダサ過ぎじゃねぇかよ俺……くそっ! ちきしょうっ‼︎」


 とうとう彼は大声を上げて泣き崩れてしまった。一人で生きる辛さと孤独に負け、薬に手を出してまで力を得たい好奇心と欲求に負け、それでいて僕たちにコテンパンに打ちのめされてしまったのだから、泣き喚くのも無理もないのかもしれない。


 ――すると、泣きじゃくっている亀蛇に近づき、項垂れた彼の頭を両手で支えて顔を上げさせた者が居た。


 涙でぐしゃぐしゃになった彼の目には、真っ直ぐな視線を向ける紬希の姿が映っていた。


「――あなたはダサくなんかない」


「……はぁ? 何言ってんだよ。同情なんか聞きたかねぇっつの……」


 しゃくりあげながらそう答える亀蛇に、紬希は首を横に振って答えた。


「あなたは、怖がってしまう周りの人たちのことを思って、ずっと自分自身の姿を隠し続けてきたんでしょ? その見えない優しさは強さの証。むやみに力を見せびらかして暴れ回る姿より、一人ぼっちになっても相手のことを想い生きようとする弱いあなたの方が、私はカッコイイと思う。……それに――」


 紬希は両手を広げ、鱗に覆われた亀蛇の身体を強く抱きしめた。


「それに、あなたはもう一人じゃない。――だって、私たち連合団は、凪咲君を除くメンバーの全員がみんな『化け物』だから。……だからきっと、あなたとも分かり合える」


 ――何時だったか、紬希の能力を目の当たりにしてしまった虎舞から「あんたたちみんな化け物よ!」と言われた時のことをふと思い出す。そう言われてしまったのは確かに辛かったけれど、同じ化け物同士が一堂に集えば、周りからどんなことを言われようとも、痛みを分け合って共に乗り越えていける。


 ――それが、放課後秘密連合団というチームを作り出した、紬希の本当の意図であったのかもしれない。


 亀蛇は紬希の計り知れない優しさを噛み締めるように咽び、鱗に覆われた目から温かな涙をボロボロとこぼした。


「……ううっ、ぐすっ……すまねぇ……駄目だ、俺、嬉しくて涙が止まんねぇや……だって、初めてなんだよ。こんなに醜くてヤワな俺を、真剣な目で見てくれる奴らと出会ったのはよぉ……」


 こうして、見えざる怪物は、僕らに本当の気持ちを曝け出したことで、初めて人間の心を取り戻した。


 それは、散々に打ちのめされて、子どもみたいに泣き喚くようなあられもない弱い心だったのかもしれない。けれど、そんな弱い自分を周りが心配して見てくれている、気にしてくれている場の温かさを知った彼は、もう二度と、むやみやたらと他人に暴力を振るうような真似はしないだろう。



 亀蛇がようやく落ち着きを取り戻してから、長雨は彼に薬の出所や、真玖目銀磁の居場所について尋ねてみた。


 しかし、亀蛇はどちらについてもよく分からないと首を横に振る。


「ヤクはMr.マグネルックの野郎から直接受け取っていたんだが、あのヤクを何処で手に入れてるのか、その出所までは俺にも教えてくれなかった。おまけに、奴は俺の前でも決して自分の素性を明かさねぇ秘密主義の男で、もしその秘密を少しでもバラすことがありゃ、奴は黙っちゃいねぇさ。……けっ、だから今テメェらにこの話を打ち明けた時点で、俺も奴に殺される運命が決定しちまったのさ」


 亀蛇はそう言って、ひひひっと自身を嘲るように笑った。


「そんなことさせない。私たち連合団が全力であなたを守る。――だから、私たちと一緒に来てほしいの」


 紬希は彼を連合団に引き入れようと試みていた。確かに、亀蛇にとって僕たち連合団は同じ能力者たちの集まり、言わば仲間である。これから僕たちチームの一員として活動していけば、もう二度と過去のような辛い孤独に苛まれることは無いはず――


「…………けっ、ヤなこった。べぇ~~~!」


 しかし彼は、そんな紬希の誘いをあっさりと一蹴し、長い舌をべろりと突き出す。


「えっ! そんな……」


 まさか、まだ時雨組に居残るつもりじゃ…… そんな考えが一瞬皆の頭を過ったが、亀蛇は溜め息を吐いて言葉を続けた。


「……おいおい何だよ、こっちはおふざけでやってんのに、マジになって構えてんじゃねぇよ。テメェらみたいな優しい奴らにチヤホヤされっ放しじゃ、俺の根性が腐っちまうだろうが。俺は強くなりてぇんだ。テメェらにいつまでも泣かされてちゃ、ドラレオンの名が廃っちまう。……けっ、一人ぼっちが何だってんだ! どんなに辛いことがあっても、テメェらの施しなんか受けなくったって生きていけることを証明してやらぁ。見てやがれ!」


 そう声高々に宣言した彼だが、粋がっていたのも束の間、またすぐに声を落とし「――まぁ、透明な俺を見ることなんて、できやしねぇだろうがな……」と拗ねるように弱々しく呟いた。


「そんなことない。これから毎日放課後になったら、器吹さん特製の暗視ゴーグルを付けてあなたを探しに行く」


「いや、普通に怖ぇよ。それただの不審者じゃねぇか」


 紬希のぶっ飛んだ思考に呆れて、思わずツッコミを入れてしまう亀蛇。しかし、有言実行がモットーの紬希なら絶対にやるだろうと、僕は確信していた。


「本当に大丈夫なのか? 奴らは裏切り者に容赦はしない。これから毎日のように時雨組に命を狙われることになるんだぞ」


 すると、ついさっきまで亀蛇を目の敵にしていた長雨が、珍しく彼を気遣うようにそう言った。これまでずっと亀蛇に対して当たりの強かった長雨だが、内心ではやはり亀蛇のことを心配していたようだ。


 けれど亀蛇は、そんな彼の警告を蹴飛ばすように甲高く笑い、胸を張って答える。


「おいおい、俺を誰だと思ってやがる。この自慢のスキンを透過させりゃ、誰も俺を見つけられやしねぇっての。――あばよ、ガキ共。次会った時には俺がテメェらを泣かせてやる。覚悟しとけ」


 亀蛇の体を覆う茶色の鱗が徐々に透過し始め、背景と一体化してゆく。やがて、彼の姿は完全に見えなくなり、影すら残らず消え去った。


「あいつは人前に立つと意地でも虚勢を張りたがる奴なのさ。どうせまたすぐに一人での生活に根を上げて、俺たちのもとに泣き付いてくるだろうね。……でも、紬希のかけた言葉のおかげで、少しは孤独に耐える勇気を持てたんじゃないか?」


 長雨は溜め息を吐いてそう言った。


 彼の言う通り、あのカメレオン男は、いつかまた連合団の元に戻ってくるだろうと僕も思った。でも、いつ戻って来たとしても、僕らはきっと彼を温かく迎え入れてあげられるだろう。



「――ところで器吹、お前に一つ頼みたいことがあるんだ」


 事件がひと段落すると、長雨は地面に落ちていた例の薬品入り注射器を拾い上げて、器吹に差し出した。


「何だいこりゃ?」


「お前は確か薬学にも詳しかっただろう? だから、こいつを分析して製薬場所を突き止めてほしいんだ」


 器吹は渡された注射器を手に取り、管の中に詰まる飴色の液体を眺めて唸りを上げた。まるで蜜のような半透明の液体の中で、散りばめられた金粉がキラキラ光って揺れている。


「こいつぁ……なんて綺麗なんだ。黄金の輝きを放つ液体……まるでウニカちゃんの小水みたい――」


「――なぁマスター、このどうしようもない変態を、今すぐぶっ飛ばしていいか?」


 器吹は自分の背後に立つウニカの殺気が混じった険悪なオーラを感じて、コホンと咳を一つし、長雨に言った。


「別に構わないが、ちと時間がかかりそうだね。何せ俺の店であり隠れ家でもあった場所は、見ての通りこっ酷く荒らされちまったからな。これじゃ商売も上がったりだ。人目につかない新しい隠れ場所を見つけるところから始めないと。それに機材等の収集もしないといけねぇしなぁ……」


 やることが多く「これから忙しくなるぜ」と愚痴をこぼす器吹に対し、長雨は笑みを浮かべて、器吹にとある話を持ちかけた。


「新しい隠れ家なら、いい場所を知ってる。きっと器吹も気に入るはずだよ」

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