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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第6章 熱き血潮に賭けてみよ!
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5月10日(金)⑤ 反撃の赤い狼煙

 ただひたすらに、撃ち続けた。迫り来る恐怖が後押しして、気付けば僕は、ウニカの弾倉に詰められた弾薬が尽きるまで――空になって、カチカチと撃鉄が薬室に残る空薬莢からやっきょうを叩くだけになっても、まだ引き金を引き続けていた。


 ウニカから放たれた合計六発の銃弾は、全て紬希へと吸い込まれていき、彼女の胸を貫き、肩を砕き、腕の肉を容赦無く吹き飛ばした。貫通した銃弾と共に、真っ赤な血飛沫が後方に飛び散り、床に巨大な血溜まりが出来上がる。


 ――そして、全ての弾を撃ち尽くした時、それまで何もなかった紬希の背後に、彼女の血によって赤く染め出された亀蛇透哉の姿が、その輪郭に至るまではっきりと浮かび上がっていたのだ。


「こ、こいつ……マジで撃ちやがった!」


 焦った亀蛇は、脱力して崩れ落ちる紬希をその場に打ち捨て、僕を目掛けて突進してくる。相手の素早い動きに、退避が間に合わない。


 駄目だ、やられる! 思わずその場で体を縮めた、その時――


 突然僕の前に割り込んできた黒い影によって、突進してきた亀蛇はまるでパチンコ玉のように弾かれ、反対側へ吹き飛ばされた。そのまま後方に積まれていたコンテナに激突し、頑丈な鉄でできているはずのコンテナの壁は、ぐしゃっと音を立てて大きく凹んでしまう。


 その圧倒的な力を前にして、僕は戦慄する。相手の猛進を最も容易く跳ね飛ばし、僕の前に立ち塞がったその小さな影は、こちらに背中を向けたままこう答えた。


「――撃った時に噴き出た返り血で、背後に居た見えない相手をマーキングする、か……ふむ、貴様、馬鹿で貧弱ではあるが、なかなか面白いことをやって見せるではないか」


 金色の長髪をなびかせた少女――ウニカ・メテオラが、背後に居た僕をちらと一瞥し、ニッと無邪気な笑みを浮かべていた。


「こんな軟弱な奴など救う価値もないとさっきまで考えておったが……気が変わった。貴様は意外と使えそうだ。今回だけはその機転に免じて、我の力を貸してやろう」


 刹那、ウニカの全身から禍々しいオーラが放たれたかと思えば、彼女の着ていた黒いワンピースがボッと音を立てて、赤い炎に包まながら燃え落ちた。


 ワンピースは灰となり、全身露わになった幼い体には、胸から腰にかけてのラインを際立たせるように、ぴったりと肌に密着する扇情的な真っ黒な衣装が身に付けられていた。


 さらには、彼女の身長の二倍以上もある巨大な翼がメキメキと音を立てて背中から生え伸び、垂れ幕を下ろすように漆黒の羽を広げてゆく。それまで無垢で健気だった少女の目尻は鬼の如く釣り上がり、その瞳は業火の炎に染まって真っ赤に輝いていた。


「貴様は下がっていろ……戦いの邪魔だ」


 吐き捨てるようにそう言って、ウニカはのっしのっしと重々しい歩みを進めてゆく。


 ――あれが、あの子の本来の姿なのだ。


 僕は豹変してゆくウニカの様子を見て確信した。


 長雨の話では、確か彼女は罪を犯して魔界から逃げ出し、今は追われる身であると言っていたが、おそらく魔界から人間界に落とされた際、この世界に順応する為にも、自分が悪魔であることを隠す必要があった。だから変身能力を使って、ある時は少女の姿に、そしてある時は銃の姿となって長雨に付き添い、彼をサポートしていたのだ。


 そんな彼女が、今僕らの前で初めて悪魔としての本性を見せた。――いや、あれが悪魔本来の姿である確証もないから、ひょっとしたらあれでも秘める力のほんの一部のみを覚醒させただけに過ぎないのかもしれないが……


「……ちっ、面倒臭ぇ奴が現れやがったな。一旦引くか――」


 コンテナが大きく凹む程に激しく叩き付けられたにもかかわらず、亀蛇の声はまだ健在だった。奴の頑丈な皮膚は、ウニカの攻撃を受けてもびくともしないほどに頑丈であるようだ。しかし、紬希の血を浴びたせいで透過性が落ち、人型の輪郭が露わになってしまっている。こちらの位置が悟られてしまっているこの状況では不利だと判断したのか、血塗れの亀蛇の輪郭がゆらゆらと動いて、倉庫の出口へ向かって駆けていくのが見えた。


 ――が、逃げようと走った先で、奴は更なる障害にぶち当たった。


 タタタタタタッ!


「いてっ、いででででででっ!」


 まるで豆まきをするような音が倉庫内に響いたかと思うと、亀蛇の皮膚から無数の火花が飛び散り、周囲の床に幾つもの穴が穿たれる。


「おっとぉ、残念でした! 既にこの倉庫の出入口は全て封鎖済みだ。逃しやしねぇよ」


 倉庫の出入口の前に立ち塞がる一人の影。彼自慢の商品の一つであるアサルトライフルを構えた器吹が、仁王立ちしてニヤリと笑っていた。彼の持つライフルの先には太い筒状の消音器が付いており、射撃の際に発射音と閃光を抑えることのできる仕様になっていた。器吹はその太い銃口から漂う硝煙を鼻で大きく吸い込み、まるで一服したように快感の表情を浮かべる。


「す――っ、はぁ……久々に君の香りを嗅げて幸せだよ、M4ちゃん……」


 そんな訳の分からないことをささやき、嫌らしい手付きでライフルを撫でているその様子に、亀蛇すら思わず引いてしまっている。


 そこへ、亀蛇を追って飛んできたウニカがふわりと地面に着地し、奴を挟み撃ちにする。まんまと敵の術中に陥ったことを悟った亀蛇はちっ、と舌打ちしてその場に留まる。


「――さてさて、貴様と戦いを交えるのはこれで何度目だろうな? これまで透明になっていたせいで毎回毎回取り逃してしまっていたが、今回は違う。貴様の体に纏わり付いてる娘の血のおかげで、醜い頭から足の先までよ〜く見えるぞ。今日こそは絶対に逃がさん。爬虫類ごときの分際で、悪魔であるこの我を相手に歯向かおうとした愚行を、存分に後悔させてやるわ!」


 ウニカは、本来の凶暴な本能を剥き出しにして、猪突猛進の勢いで亀蛇に向かって掴みかかってゆく。対する亀蛇も徹底抗戦の構えを見せ、二人の化け物による真っ向勝負が始まった。

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