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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第6章 熱き血潮に賭けてみよ!
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5月10日(金)③ もう一人の傍観者

 次の瞬間、紬希の体が、見えない何かの力によって宙高く吹き飛ばされていた。


 頭に着けていたゴーグルは千切れ飛び、紬希はコンテナの上から落下して背中を地面に打ち付け、強烈な衝撃と痛みにもだえた。


 一瞬何が起きたのか、突然の出来事に思考が追い付かなかった。


「しまった! みんな逃げろ!」


 しかし長雨だけは何が起きたのかを瞬時に察知し、とっさに叫んでその場でウニカを引き抜こうとした。


 ――しかしそれも間に合わず、今度は長雨にも見えない力が働いて勢いよく突き飛ばされ、コンテナの壁に背中を強打してぐったりと座り込んでしまう。


「おいおい! 一体何がどうなってんだよ⁉」


 人間がひとりでに吹き飛ばされてしまう超常現象を目の当たりにした器吹が、混乱して声を上げた。


 ――ここでようやく、僕は今の状況を理解する。これは超常現象でも何でもない。


 これは襲撃だ。


 そう気付いて、咄嗟にコンテナから降りたその時、近くで紬希の声がした。


「ぐっ………凪咲君、逃げて……」


 声のする方に振り向くと、苦しげな表情をにじませた紬希が、その場で棒のように突っ立っていた。


「紬希、大丈夫――」


「来ないでっ!」


 僕が咄嗟に駆け寄ろうとすると、紬希が大声で叫ぶ。どうも紬希の様子がおかしい。彼女はその場で背を反らし、地面の上につま先立ちして震えている。


 ――いや、違う。彼女は自分の意思で立っているのではない。


 《《背後に居る誰かに無理やり立たされているのだ》》。


 そう気付いて、僕は戦慄した。


 紬希の足は地面から離れていて、息を詰まらせながら震える手で自分の首元に手をやろうとしている。誰も居ないはずの彼女の背後に、以前にも一度感じたことのある、あの禍々しい気配を察した。


「……くくくっ、まさか俺の体温で存在がバレちまうなんて、予想外だったぜ」


 そして、その悪しき気配は明確な声となって僕らの耳に届いた。


(亀蛇透哉っ……!)


 見えざる男――いや、人ならざる透明の化け物が、紬希を盾にして背後に張り付いていたのである。


 奴は紬希の首に腕を回しているらしく、首元を締め上げられた彼女は必死にもがいているが、逃げることすら敵わない。


「ひひっ、この前あれだけボコボコにしてやったってのに、僅か数日でこの通りピンピンしてやがる。Mr.マグネルックがこいつを気に入るのも納得だな。うひひひひっ!」


 下品な笑いを飛ばす亀蛇は、更に紬希の首を強く締め上げたのか、彼女はぎゅっと目を閉じて顔に汗をにじませた。


「紬希を離せっ!」


「けっ、やなこった。この女は俺の手柄だ。このままMr.マグネルックの旦那に献上させてもらうぜ。そうすりゃ、俺の名声もうなぎ上りさ!」


 亀蛇の腕に絡まれ、声を出せない紬希が、目で僕に向かって必死に何かを訴えているのが分かった。


 僕はちらと長雨の方へ視線を向ける。が、彼は突き飛ばされた際にコンテナに頭をぶつけてしまったらしく、その場で崩折れたまま動かない。唯一亀蛇と対抗できる長雨も今は戦力外。一体どうすれば……


 迷う。迷う。仲間の危機を前に助けなきゃいけないと思いつつも、混乱と恐怖のあまり脚がすくんでしまう。僕は紬希や長雨と違い、能力者でも何でもないただの人間だ。まともにやり合ったところで敵う相手じゃない。


 沸き上がってくる悔しさに、思わず唇を噛みしめる。こんな思いをしたのは二度目だった。裏山の神社で初めて奴と会敵した時も、力を持たない故の無力さをこれでもかと思い知らされた。自分の弱さを相手に晒してしまい、散々笑われ、貶された。何の力も持たない自分がどうしようもなく無力だと感じた。あの時ばかりは、自分に能力が無いことを酷く恨めしく感じたくらいだ。


 ――でも、弱音を吐いている暇はない。このままでは、紬希は奴に連れ去られてしまう。そうなる前に、僕が何とかしないといけない。能力の有無なんか関係無い。今ここに僕しか止める奴が居ないのなら、僕がやるしかないんだ。


(……考えろ。何か手はないか? この状況を打破できる何かが――)


 溺れる者は藁をも掴む。それくらいの勢いで僕は必死に周囲を見渡し、何か武器になるものを探した。そうしてふと地面に視線を落とし、はっと息を呑む。


 そこには、ついさっき長雨が突き飛ばされた際、彼が引き抜こうとして取り落としてしまったもの――


 長雨の使い魔である小悪魔ウニカ、彼女の変身した姿である黄金色の輝きを放つ拳銃リヴォルバーが、僕のすぐ足元に転がっていたのである。

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