5月10日(金)① ロリコン商人
<TMO-1064>
5月10日(金) 天気…晴れ
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美斗世市の海の玄関口である美斗世港には、毎年多くの船がやってくる。
遊覧船、巡視船などの小型なものから、輸送船、タンカーなどの大型船に至るまで、狭い港の中を休みなく往来し、港内はいつも賑やかだ。
そんな中、取り分け他の区画より人気が無く人目に付きにくい場所が、このコンテナターミナルだった。沈む夕日を背に受けて一列に並んでいるガントリークレーン群の様子は、宛ら怪獣たちの行進を見ているようである。
僕らがターミナルに入ると、すぐに有刺鉄線付きの高い柵に行手を阻まれた。けれども、紬希にとってこんな物は無いのと同じ。重い僕を抱えたまま軽々と有刺鉄線ごと飛び越えてしまった。
すると、飛び越えた有刺鉄線の先、僕らの到着を待っていた長雨が、倉庫の陰からひょっこりと姿を現した。
「お、来たな二人とも。奴が居るのはこの先だ。付いて来い」
彼は僕らを引き連れて、色も形もそっくりな大型倉庫の建ち並ぶ無味乾燥とした区画を足早に歩いてゆく。
――やがて一つの倉庫の前までやって来ると、門のように大きな鉄扉を開いて中に入る。このような巨大な扉といい、鉄とコンクリートでできた地味な外見といい、以前月歩さんが隠れ家として使っていた廃倉庫に造りがよく似ていた。多分ここら一帯の倉庫群は、以前僕らの秘密の集い場だったあの倉庫と同類のものなのだろう。
だだっ広い倉庫の中には、いくつもの色違いのコンテナが何台も積み木のように重ねられ、次に出荷される時が来るまで静かに眠り続けていた。
「ここの何処かに居るはずなんだが……」
長雨はそう言いながら唐突に腰のホルスターから銃に化けたウニカを抜く。いきなり銃を抜いて一体何を始めるのかと驚いたが、長雨は「心配ない、空砲だよ。奴にとって、銃声はノックと同じだ」と目配せして銃口を天井に向け、引き金を引いた。
パァン――
乾いた音が広い倉庫の中を駆け巡る。
「――ウニカちゃん? ……はは、そうだよ、あれはウニカちゃんの音だ。聞き違えるはずないじゃないか。あぁ……ようやく戻ってきてくれたんだね」
すると何処からか、しゃがれた男の声が返ってきて、倉庫に積まれたコンテナの落とす影の中から、だぼだぼの迷彩服を着た、痩せこけている中年の男が一人姿を現す。
「おぉ……あれは正に――」
そしてその男は、猟奇的な光を宿したその目を僕らの方へ向けた次の瞬間、大声を上げて叫んだ。
「ウニカちゃ~~ん‼︎ 久しぶりだねぇ! 元気にしてたか? 長い間会えずにさぞ寂しかったろう? さぁ! 早速おじちゃんにお帰りのキッスを――あっ、いやその前に銃口から漂う甘い硝煙の香りを嗅がせておくれ〜っ!」
こちらへ駆け寄ってくる男に対し、長雨の手の中にあったウニカが即座にポンと弾けて少女の姿へ変形する。
「ひいぃぃぃっ! 我に近寄るでない! この変態オヤジっ‼︎」
彼女はすかさず片脚を振りかざし、履いていた赤いパンプスの先で男の頬を思いきり蹴り上げた。
「ぐぉふぇっ!」
蹴られた勢いで大きく仰け反ってしまう男。あれだけ強烈な蹴りを食らわされては、きっとただでは済まないはず――と思いきや、男はその場で踏み止まったかと思えば、そのまま捻れた首を両手で元に戻し、赤く腫れた頬を撫でながらニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「ふふ……相変わらずウニカちゃんは冷たいねぇ。まぁ、私にとってはウニカちゃんの唇であろうとつま先であろうと同じだから、実質ご褒美を貰ったことには変わりないんだけどね~。ぐへへ……」
「へ、変態だ……」
思わず口にしてしまった僕の言葉に対し、男は悪びれる様子もなく、「少年、最高の誉め言葉をありがとう」と目配せして返す。どうしよう、酷く寒気がしてきた……
ウニカの方も長雨の背後に隠れて、威嚇する猫のように「シャーッ!」といきり立ち、牙を剥き出して男を睨み付けている。
「おいおい、あまりこいつを虐めないでやってくれ器吹。そっちの商売の方は上手くいってるのか?」
器吹と呼ばれた男は、親しげに話しかけてきた長雨を見て嬉しそうに叫んだ。
「おぉ! 久しぶりだなぁ長雨君。そりゃあもう対戦車地雷並みの爆発的売れ行きさ。さてさて今日はどうしたんだ? また何か新しく欲しいものでもあるのかな?」
「いや、今日は買い物に来た訳じゃないんだ。――紹介するよ、こいつが器吹練一。昔は元自衛隊の装備担当士官だったらしいんだけど、今じゃ世界的にも名の通った武器商人なんだ」
そう言って、変態男を平気で僕たちに紹介してくる長雨。器吹と呼ばれた男は、猟奇的な輝きを秘めた目線で僕と紬希をジロリと睨み付け、まるで品定めをするようにまじまじと僕と紬希の交互に刺すような視線を送ってくる。彼の着ている迷彩服は実際に自衛隊で使われているものらしく、しっかりとした生地で編み込まれていたが、サイズの大きなその服は、細身な器吹の体に合うはずもなく、傍から見ればまるで皮を被った骨だった。
「おいおいおいおい、こんなヤバいところに子どもが来て良いと思ってんのか! ……なーんて、俺が言うとでも思ってんだろ? ところがどっこい! ここは俺の計らいで子どもは誰でも大歓迎なのさ! 特にウニカちゃんみたいな可愛いロリ美少女には――なな、なんと! 初回のみ、お母さんから貰う御小遣い価格で何でも好きな武器を一丁お買い上げできちゃう特別サービス付きだ!」
「あの……この変態男、子どもに玩具を売り付ける感覚で武器を売ってるんですけど……」
「だから言っただろう? 頭のネジが飛んでるって」
そう言って、長雨は僕の方を見てニッと笑う。
「あぁ、もちろん女子高生にもきちんとサービスしておくよ! ほらあんたもどうだい、お嬢ちゃん!」
器吹は得意の売り文句を並べ立て、紬希にまで危ない商品を売り付けようと迫ってくる。今になって、ウニカが彼のことを「変態エロオヤジ」と呼ぶ理由がよく分かった。逆に長雨が、どうしてこんな奴に大きな信頼を寄せているのか、甚だ疑問でならなかった。
 




