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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第5章 デビルスリンガー
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5月6日(月)⑥ 悪魔の贄となりし者

 洞窟の中で、僕は長雨に付き従っている少女ウニカのことについて聞いてみた。悪魔のような見た目の角と尻尾を生やし、それっぽい見た目をしているものの、正直言って彼女が悪魔であるということにどうしても疑問を隠せなかった。悪魔と言われれば、悍ましい姿をした怪物である印象が僕の中では強いのだが、実際はこんなに可愛らしい外見をしているものなのだろうか?


「確かに、こいつが悪魔だって言ったところで、俄かに信じられる訳がないよな」


 長雨は、自分の膝上に頭を置いて横になっているウニカが、静かにすーすー寝息を立てていることを確認してから、彼女と出会った経緯について話し始めた。


「――実は、ウニカと初めて出会ったのは俺じゃなくて、俺の兄貴の方なんだ」


「えっ、兄貴?」


「そう。俺の兄貴の代から、こいつは俺たちと一緒に行動している。魔族は俺たち人間よりもずっと寿命が長いから、兄貴が彼女を見つけてきたのが三年前で、当時俺はまだ中学生になったばかりだったけど、ウニカは今と全く同じ背格好をしていたよ。兄貴も俺も、最初にこいつと出会った時、こんなちっぽけな少女が人間の皮を被った悪魔であるなんてとても信じられなかった。こんな奴に、出会い頭いきなり『我は魔界最強の魔王の血を引く娘なのだぞ!』なんて言われてみろ、誰だって子ども染みた作り話だと思うさ」


 ウニカと初めて出会った当時のことを想起してしまうのか、長雨は話しながら、時折ふと笑みを溢していた。


「――だけど、君も見ただろう? こいつが銃から少女の姿に変身するところを。実際、ウニカは本当に魔術を使う。そして、彼女の魔術のおかげで、俺や俺の兄貴も、過去に幾度となく命を救われてきた。……だから、その恩返しと言っちゃ何だが、信じてやることにしているのさ。彼女の戯言みたいな身の上話をね」


 長雨は話している間、ウニカをずっと膝の上で寝かせていたせいで、時折痺れを切らすように脚をうずうずさせていた。


 しかし、それでも彼は、少女を無理に膝から下ろそうとはしなかった。


「……そう言えば、初めて会った時、確か彼女が魔界を逃げ出したとか、お尋ね者だとか言っていたけれど……あれも本当なの?」


 僕は彼と初めて出会った時に語られていた話の中で気になったことを尋ねてみた。すると長雨は「本当かどうかは、本人のみ知るところなんだけどね……」と前置きしてから、再び話し始める。


「彼女が本当に魔王の娘であったとして……いや、そもそも魔界というところが存在するのかどうかをまず怪しむべきなんだが、ここは信じてやってほしい。――で、ウニカはその魔界から逃げてきたと言い張ってる。あっちの世界では、何故かこのチビは指名手配犯にされていて、今も現在進行形で追われている身らしい。どうしてウニカがそんな犯罪者扱いされているのか、その理由は分からない。俺も何度か尋ねたけど、他のことは何でもペラペラ話すくせに、何故か魔界から逃げ出してきた理由や追われている理由についてだけは全く話してくれないんだ。だから、魔界でウニカの身に何があったのかは知らない。……まぁ、指名手配されるくらいなんだから、何かとんでもないことをあっちの世界でやらかしたんだろうね」


 長雨の膝元で寝ていたウニカは、目を閉じたまま緩んだ口をもぐもぐ動かして「うへへ……パンケーキ……じゅるり……」と寝言を呟いていた。


 いくら悪魔であるとはいえ、見た目はこんなに小さい子どもが、果たして別世界で指名手配される程の重罪を犯せるものなのだろうか? 僕にはとても、幼気な彼女がそれだけの危険分子を持っているようには見えなかった。


「魔界では、重罪を犯した犯罪者には、犯罪者の証として、呪いの焼き印を捺されてしまう……ほら、これがその印さ」


 長雨は眠っているウニカ本人の了承を得ることなく、彼女の着ている黒いキャミソールワンピースの裾を掴むと、胸下の辺りまで大きくたくし上げて見せた。


 ウニカの細い太腿から黒い下着、お腹までが露出されて、僕は思わず顔を赤くして目を逸らす。


 しかし長雨に見ろと言われ、僕は仕方なく熱くなった目尻を指と指の隙間から覗かせて、露わになった彼女の半身を見た。まず目に付くのは、シンプルな黒地に小さなリボンがワンポイントになった下着。そこから更に上へ目線をずらすと、下腹の部分に刺青のような模様が刻まれていることに気付く。うねうねとした唐草模様が広がり、中央には何やら古代文字のような、読めない言葉が模様に添えるようにしてつづられていた。


「これが、悪魔の本来持つ力を封じ込めてしまう呪いの焼き印さ。ウニカはこれを捺印された後、この人間世界に逃げてきた。これを捺された悪魔は、生きる為に必要な魔力を得ることができなくなって、やがて飢えて死んでしまうらしい。だから、この呪いをかけられた悪魔は、力尽きて野垂れ死ぬか、人間と『血の契約』を結んで、人間から生のエネルギーである精気を奪い、それを魔力に変えることでしか生きていけなくなる。だから、ウニカは後者を取って、人間の居る世界で逃亡者として生きていく道を選んだって訳だ。俺たち兄弟を餌にしてね」


「……ってことはつまり、長雨は彼女とその契約を?」


 僕がそう尋ねると、長雨はこくりと頷いて「ほら」と、左手の甲を僕の方に差し出して見せる。そこには、ウニカの腹に刻まれたものと同じ模様と呪文が、刺青のように刻まれていた。


「だけど、初めてこの小悪魔と契約したのは、俺ではなく俺の兄貴の方だ。兄貴がウニカと遭遇した時、いきなり手に噛み付かれてこの印を刻まされたんだって。初めはただの子ども染みた悪戯だと兄貴は思ってたらしいよ。それが悪魔に取り憑かれる契約の儀式だっただなんて、知る由もなかったって……ふっ、笑えるよね。これのおかげで、俺ら兄弟はウニカに養分を与える為の贄にされてしまったんだからさ」


 長雨はそう言って自嘲の笑みを浮かべた。そこまで言われて、僕はついさっき、彼がウニカと言い争っていた時に何げ無く放っていた言葉を思い返す。


『こうしている間にも、お前は俺から取るもの散々搾り取ってるくせに――』


 その意味を知るまでは何を言っているのか分からなかったけれど、今になってその意味を知り、僕は唐突な不安に駆られる。


「……なら、もしあなたの体から精気が全て抜き取られてしまったら、その時は――」


「いやいや、人間の精気というものはそう簡単になくなるものではないし、絶えず泉のように湧き続けるものだから、まだ当分の間は平気だろう。長年吸われ続けているから、多少寿命を削られてしまっているかもしれないけどね。ウニカにも一応、俺から一気に精気を絞り取らないよう、程々のところで我慢するように言ってあるから、心配無いさ」


「でも、何の見返りもないのに、自分の命を削って悪魔に売るなんて、そんなの……」


「そんなのおかしいって言いたいんだろう?」


 長雨は僕の言葉を先取りしてそう答えた。


「……確かに俺たちだって、損な役回りを無理矢理引き受けさせられて、理不尽だの何だの文句を言いたい気持ちは山ほどあったさ。魔界から逃げてきたウニカがこの世界で初めて出会った人間、それがたまたま、俺の兄貴だった――それだけの理由で、俺たち兄弟共々、彼女の出しに使われる羽目になってしまったんだからね」


 何十億もの人間が暮らすこの地球上で、悪魔に呪いの片棒を担がされ、悪魔が食い繋ぐ為に精気を奪われる―― そんな何十億分の一もの確率でしか引き当たることのない貧乏くじを、不幸にも引き当ててしまった、何十億分の一に選ばれし者。それが自分たちであったのだと、長雨は語る。


「だけど悲しきかな、俺たち長雨一族は普通の人が暮らす平穏な世界とは違って、いささか物騒な極道の世界に身を置いているものでね。さっきも話したと思うけど、いざという時にはウニカの魔術によく助けてもらって、命を救われたこともよくあったんだ。……だから、知らぬ間に持ちつ持たれつの関係が出来上がってしまっていて、こっちもそう易々とこいつに文句を言える立場じゃなくなってしまったのさ」


 互いの関係が奇妙な相補性の上に成り立っていることが明かされ、僕は言葉を詰まらせてしまう。ある時は精気を食らい、主人の命を削る悪魔として、そしてある時は危機から命を救ってくれる女神として、切っても切れぬ縁を築いてしまった。そんな彼らに対し、僕はどちらに非があると言うこともできず、どちらを責めることもできなかった。


「それに、大変なのはウニカだって同じだと思うよ。仮に俺たちから奪った精気を魔力に変えたとしても、得られる量はたかが知れてる。そうなれば、当然使える魔術にも制限がかけられてしまう。今の彼女が使えるのは、せいぜい変身と最低限の錬金魔術だけ。だからこいつは俺の手の中で銃に変身し、弾薬等必要なものはウニカの錬金術によってまかなっているわけさ。魔力を銃弾に込めることで、あらゆる効力を秘めた魔法弾を生成することだってできる。さっきの照明弾フレアなんかがそうさ」


 確かに、洞窟の中で彼が撃った弾は青い光を放ちながら蛍のように宙を舞い、今も僕らの頭上を煌々と照らしてくれていた。


「……ウニカ(こいつ)のおかげで、これまでに幾つもの修羅場を潜り抜けてこれた。――けど、相手が能力者となると話が厄介になる。昨日お前たちが相手したあの亀蛇透哉って男も、俺の兄貴の代からずっと手を焼いていて、以後何度も対峙しては戦ってを繰り返してきたしつこい野郎でね。このまま戦いが泥沼化すれば、余計な魔力を消費して、ウニカも俺たちも立場がキツくなるばかりだ」


「でも、昨日は深手を負わせることができたじゃないか」


 以前、神社の前で亀蛇と対峙した際、長雨が銃に化けたウニカより放たれた銃弾で奴の舌を吹き飛ばし、奴は相当悶え苦しんでいるように見えた。


 けれども、長雨は首を横に振る。


「あいつの舌はトカゲの尻尾みたいなもんだ。幾ら切り取ってもまた新しく生えてくる。舌を切られて尚、口達者だったところを見ても、全回復するのは時間の問題だろうね」


 紬希と同じく驚異的な回復力を持つ肉体に、長雨の銃弾すら受け付けない頑丈な皮膚を持つ男、亀蛇透哉。そんな相手を、一体どうすれば倒せるというのだろう? 弱点が無く、おまけに姿すら見えない敵を前に、僕らは頭を抱えてしまっていた。

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