5月5日(日)④ 能力者ハンター
<TMO-1050>
「――いっ、痛えぇええええぇっ‼︎」
カメレオン男は千切れた舌をばたつかせ、悲鳴を上げてのたうち回る。
境内の前に立つその青年は、今時珍しい黒の学ラン姿で、制服の胸元には羽ペンと盾のエンブレムが縫い付けられていた。黒髪の短髪で、目元には若干の幼さが残るものの、その目はしっかりと前を見据えていて、凛々しいその立ち姿は、異形の男を前にしても動揺する素振りすら見せていない。
――そして何より、高校生であるはずの彼の手元には、学生が普段通学する際に持ち歩いて良いものとは到底思えないアイテムが握られていた。
それは、全身に金メッキを施された巨大なリヴォルバー式の拳銃で、その大口径の銃口からは、一筋の白煙がまるで風に煽られたベールのように靡いていた。あの拳銃から放たれた銃弾が、カメレオン男の蛇のような長い舌を吹き飛ばしてしまったのだ。
「……やれやれ、いつも人前で子どもみたいにはしゃいでしまうその癖。相変わらずだな、亀蛇透哉――いや、『ドラレオン』と呼んだ方が良かったかな?」
青年は溜め息を吐き、彼の体格に似合わない大きな拳銃を慣れた手付きでくるくるスピンさせると、腰のガンベルトにスッと差し込んだ。カメレオン男は千切れた舌を喉奥に引っ込め、恨めしい顔で青年を睨み付ける。
「て、テメェ……ようやく姿を現しやがったな、長雨纏っ!」
長雨纏――それは数日前、廃倉庫で殺されたヤクザのチンピラたちが、捕らえられた女生徒に向かって口にしていた名前だった。つまり、奴らが血眼になって探していた人物とは、彼のことだったのである。
「この前はよくも俺の幼馴染に手を出してくれたね。お前たちはヤクザだから、少しは仁義をわきまえているものだろうと思っていたけれど、大いに失望させられたよ」
凛とした青年は、とても落ち着きのある口調で話しているが、その声色からは静かな憤りが感じられた。彼の言う「幼馴染」とは、きっとチンピラに捕らえられていたあの女生徒のことを言っているのだろう。
そんな青年の言葉に対し、亀蛇と呼ばれた異形の男は吐き捨てるように答える。
「けっ、そんなの俺の知ったことかよ。あいつらが勝手にやったことさ。だからMr.マグネルックがお怒りになって、直々に罰を下した。俺には全く関係のねぇことさ」
亀蛇はそう言い訳し、かすれた声で小さく笑うと、今度は長雨を指差して、言い返すように忠告する。
「……それに、そろそろ自分の命も心配しておいた方がいいぜ長雨。Mr.マグネルックがお前を探してる。見つかった途端、奴はテメェの体から血という血を一滴も残らず搾り取っちまうかもしれねぇなぁ……ひっひっ、その時には俺も横で見物させてもらうぜ。テメェが苦しみ悶える姿を、じっくりとな――」
刹那、それまで亀蛇の足元に伸びていた影が、光を透過して薄くなり始めた。
男の醜い全身が、まるで幻のようにじわじわと背景の中に溶け込んで消えてゆく。
長雨はすかさず銃を抜き、シリンダーに残る五発全てを亀蛇にむかって撃ち込んだ。が、弾は全て硬い鱗に弾き返されてしまい、あらぬ方向へ飛んでいく。
「無駄だ、俺の皮膚に銃弾なんか通じねぇんだよ。また会おうぜ長雨。クソ小悪魔に魂を売っちまった、哀れなガンマンさんよぉ……」
捨て台詞を残し、男の姿は完全に背景と同化して消えた。境内に漂っていた禍々しい気配も、嘘のように消え失せてゆく。
「………ちっ」
長雨は舌打ちし、乱暴に銃をスピンさせて腰のガンベルトに納めた。
敵の気配が消え、僕らはどうにか危機を脱することができたようだった。
しかし、亀蛇が消える際に残した捨て台詞に苛立ちを覚えたのか、ガンスリンガーの青年は、ぐっと歯を噛みしめ、ホルスターに収めた銃のグリップを強く握り締めていた。




