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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 見えざる脅威
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5月4日(土)⑤ 紬希の揺るぎない決意

挿絵(By みてみん)

<TMO-1046>







「――だから、あなたたちの身の安全のためにも、くれぐれも気をつけて。不要な外出は避けた方がいいわ。奴らは何時どこに現れてもおかしくないから。……特に恋白ちゃんは正義感も強いし、抗って戦いたい気持ちもあるかもしれない。けれど、今はまだ大人しくしていること。よろしくね」


 帰りのバスの中で、僕は小兎姫さんから言いつけられた言葉を頭の中で何度も反芻はんすうしていた。


 僕らの平穏な日常を脅かす敵がすぐ近くにまで来ている事実を、正直僕はまだうまく受け入れられないでいた。得体の知れない不安が僕の心にまとわり付き、じわりじわりと締め付けていく。少し落ち着こうと、カラカラに乾いていた喉に生唾を押し込んだ。


 ふと、隣の席に座る紬希を見た。彼女は相変わらずポーカーフェイスのままで、流れてゆく外の景色を見つめている。


 しかしその表情には、うっすらと苦渋の色が浮かんでいるようにも見えた。やはり、彼女も内心では怖がっているのだろうか?


「……そういえば、紬希の家には今、家族が居なかったんだよね? その……一人で怖くないの?」


 僕は何気ない風をよそおってそう尋ねてみる。すると紬希は頑なに首を横に振って「怖くなんかない」とまどい無く答えた。けれど、彼女の肩は強ばっていて、膝に置かれた両手はきゅっと固く握られている。


「……どうして――」


 すると、おもむろに紬希が口を開いた。


「どうして、悪い人たちが平気でこの街を歩き回っているのに、小兎姫さんは私たちに身を隠せとしか言ってくれないの?」


「どうしてって……それは、月歩さんは僕らの安全のことを思って――」


 そこまで言って、僕はふと言葉を止める。紬希がどうしてそんな疑問を口にしたのか、その意図をつかめてしまったような気がしたからだ。


「紬希……お前まさか、あの殺人鬼たちとやり合おうとか、無茶なこと考えてないよな?」


 紬希は何も答えなかったが、窓の外をじっと眺めていた彼女の眉がピクリと動いた。


 ――どうやら、図星だったようだ。


「……だって、許せないよ。私たちの日常を脅かして、それを影で笑っている人たちが居るっていうのに、どうして何もせずに隠れていなきゃならないの? ここはれっきとして立ち向かうべきじゃないの?」


 迫り来る悪意を前に静かに憤怒する彼女を見て、僕は思わず反論する言葉すら失くしそうになった。


 彼女のヒーローに対する夢と強い憧れ、そして、あまりに純粋で、どこまでも一徹な正義感を持つゆえに、彼女はそんな無謀なことすらあっさりと口にできてしまうのだ。


「許す許さない以前に、あいつらは僕らがまともに立ち向かって勝てるような相手じゃないんだ。月歩さんの目撃談を聞いただろ? 下手すれば、僕らまで頭を木っ端微塵に吹き飛ばされてしまうかもしれないんだ。月歩さんはきっと、あんな凶悪な能力者を上手く退ける方法を心得ているんだと思う。――だから、今は月歩さんの言う事を聞いて、馬鹿な真似をしないで大人しくしているしかないだろ」


 「そんなの当たり前のことじゃないか」と思わず言いそうになって口をつぐむ。


 ――そうだ、紬希には僕たちの言う「当たり前」が通用しない。どこまでも純粋で、どこまでも真っ直ぐで、どこまでも身勝手で……それゆえに、どうしようもなく扱い辛い。――まるで、長年使われてボロボロになって、四肢が千切れかけた縫いぐるみみたいに。


 僕はバスを降りた後、くれぐれも変な真似をしないよう紬希にしっかりと言い聞かせて、それから別れた。


 あいつの身勝手のせいで、僕はこれまでに散々平穏に送るはずだった日常をぶち壊されてしまった。もうこれ以上、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。



 ……しかし、そうは言っても、次々と新たな能力者たちが頭角を現し始めた中、今さら平穏な日常が戻ることを願ったって、遅過ぎたのかも知れない。


 でも、それでも僕は願わずには居られなかった。どうか、能力者たちに脅かされない平穏な日々が、いち早く戻って来ますように、と。




 ――そして、そんな僕の強い願いは、天の神様に聞き入れてもらえるはずもなく、それどころか平穏な日が一日と続くことすら、神様は許してくれなかったようだ。


 僕の切実な願いは、明日の夕方、呆気なく打ち壊されてしまうこととなる。

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