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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 見えざる脅威
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5月4日(土)② 脅威の爪痕

挿絵(By みてみん)

<TMO-1043>







 テレビのニュースを見た途端、気付けば僕は家を飛び出していた。脇目も振らずにバス停に走り、市営バスに乗り込んで廃倉庫前へと向かう。


 移動している間、一体あの倉庫で何が起きたのか、考えたくもない嫌な予感が何度も頭を(よぎった。とても落ち着いてなど居られない。こんな時、小兎姫さんの高速移動能力があれば、すぐにでも駆け付けられるというのに。


 小兎姫さんは大丈夫だろうか? 一体昨晩あの倉庫で何があったのだろう? 倒壊した倉庫の中で発見された遺体は、昨日遭遇したヤクザの男たちのもので間違いない。どうしてあんな酷い事に? 


 際限(さいげんなくあふれてくる疑問に翻弄される中、ようやくバスが目的地に到着し、僕は転げるようにバスを降りて、一目散に現場へと走った。



 ……倉庫のあった場所には、変わり果てた鉄屑(てつくずの山だけが残されていた。


 倉庫を囲う金網の周りに立ち入り禁止のテープが巻かれ、その周りに少数ではあるが野次馬や記者、カメラマンの人たちが群がっている。そしてその中に、紬希の姿もあった。


「紬希! 月歩さんは⁉︎」


 僕の問いに、彼女は首を横に振り「まだ会えてない」と答える。


 小兎姫さんは昨日、僕らが倒したヤクザの男たちと共に倉庫に残り、一晩かけて男たちから情報を聞き出そうとしていた。……ならば、やはり彼女も倉庫の倒壊に巻き込まれてしまったのだろうか?


 僕と紬希の間で、最悪な予感を感じ始めていた、その時だった――


「……二人とも、準備はいい?」


 唐突に背後から声を投げられる。それは紛れもない、小兎姫さんの声だった。


 よかった、無事だったんだ! そう安心したのも束の間、それからすぐに僕と紬希の腰元にすっと細い腕が回され、がっしりと抱きかかえられる。


 僕らは反射的に身を縮ませて目を閉じ、衝撃に備えた。なぜ咄嗟(とっさにそのような行動を取ったのかは言うまでもない。小兎姫さんの言う「準備」とは、これから音速の世界へ飛び込むための準備に他ならないからだった。


 次の瞬間、ビュッと一瞬だけ風が吹いて、僕らは今居た場所から、全く別の場所へと移動させられていた。


 そこは、美斗世駅前の路地裏にある狭い通路の中だった。この場所は以前、黒猫のチッピと初めて遭遇し対話した場所でもある。


 体感では一秒も経っていないように思えるが、廃倉庫からこの美斗世駅前までは数キロもの距離があるはず。いきなり超高速に乗せられて少し頭がくらくらしたけれど、前に同じ体験していたこともあって体が慣れてしまったのか、もう以前のような酷い頭痛や吐き気は感じなくなっていた。


「ごめんね。何も連絡できずに心配かけさせちゃって」


 ウサギの耳、そして笑うウサギの仮面を付けたピンクバニーコスプレ――もとい、戦闘服姿の小兎姫さんが、いつものやんわりとした声で僕らにそう謝罪した。僕はほっと胸を撫で下ろす。昨日負った脚の傷も、紬希の治療のおかげですっかり治ったらしく、俊足の美脚は衰えることなく健在のようだ。


 ……でも、考えてみるとおかしな話だ。つい数日前まで、その妖艶(ようえんな衣装を見る度に恥ずかしくて思わず目を逸らしていたというのに、今こうしてその姿を再び目にすることができて、僕は思わず笑みを(こぼしていた。


 ……別に下心があるわけじゃない。僕らにとって頼もしい存在である小兎姫さんがこうして無事でいてくれたことが、本当に嬉しかったのだ。


「昨日、倉庫で一体何があったの? 警察は事故として調査しているみたいだけれど」


 紬希のがそう問いかけると、小兎姫さんが答える前に、横から口を挟んでくるやつがいた。


「……あ、ありゃ事故なんかじゃねーよ」


 いつの間にか小兎姫さんの足元から黒猫のチッピがぬっと現れ、何か怖いものでも見てしまったように毛を逆立てていた。


「化け物がやって来たのさ。人間の姿をしていたが、ありゃ人間なんかじゃねぇ。……ば、化け物だぜ」


 意地っ張りなチッピは、いかにも冷静ぶった態度を装い、そう供述していたけれど、恐怖を隠せていないのが震えた口調からバレバレだった。


「そうね――チッピの言う通り、あれは事故じゃない。……襲撃されたのよ。彼らは突然あの倉庫にやって来て、部下であったあの男たち全員を、口封じのために残酷な方法で殺した。あまりに残酷な方法でね……」


 月歩さんは声のトーンを落とし、僕らの前で、昨日の夜に倉庫で起きたことを話し始めた。


 この時、僕の背筋には密かに悪寒が走っていた。今回起きてしまった、隠れ家の襲撃事件―― 僕らは直接に敵の攻撃を受けることはなかったものの、小兎姫さんの元に舞い込んだ脅威の影は、徐々に僕らの元にも少しずつ近付き始めている。


 ――今回の事件は、その前兆のように思えてならなかった。

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