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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 見えざる脅威
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5月3日(金)⑤ 問題発生

挿絵(By みてみん)

<TMO-1041>







 その後、僕たちは捕まっていた女生徒を解放してやった。けれど、その子は完全に(おびえきってしまい、身を縮めたまま声も出せずにその場でガタガタと震えてしまっている。


「まったく、いい大人が女の子一人を集団で拐って、脅して、終いには銃まで向けるなんて、こいつら頭おかしいんじゃないの……」


 虎舞がそう言って、倒れている男たちに軽蔑(けいべつの眼差しを向ける。すると、隣に居た小兎姫さんが、苛立つ虎舞を(なだめるように答えた。


「彼らはただ彼女を脅すためだけに銃を持っていたわけじゃないと思うな。それなら一丁あれば十分だもの。彼らは全員が武装して、常に周囲を警戒し、人目に付かないこの倉庫に潜伏しようとした。それはどうしてだと思う?」


「えっ、それは……警察の目から逃れるため、とか……」


 僕の返答に、小兎姫さんは首を振る。


「いいえ、警察なんかよりももっと彼らが恐れていた相手――おそらくは、この子の関係者であり、彼らが血眼になって探していた人物……」


 ――長雨(ながめ(まとい


 確かあの時、男はそう言っていた。彼が何者なのかは、おそらく捕まっていた女生徒が何かしら情報を握っているのだと思うのだけれど、今はとても質問できるような状態ではない。


「『殺られる前に殺らないと』……確かあの時、この男はそう言っていたかしら? あの焦り具合からして、相当切羽(せっぱ詰まった状況に立たされていたみたいね。きっと彼らも、その長雨纏という人物に狙われていたのよ。だから、その人物の知人であるこの子を拐って彼の居場所を聞き出し、先手を打って殺そうとした……そんなところかしら」


 確かに男は、まるで何かに怯えているような態度で、必死に女生徒に向かって長雨の居場所を聞き出そうとしていた。精神的にも追い詰められて、最後には錯乱して彼女に銃を突き付けたくらいだから、よっぽど焦っていたのだろう。もしあの時、紬希が止めに入っていなければ、きっと悲惨なことになっていただろう。


 ――しかし、安心するのはまだ早かった。


 この時、僕らは完全に油断していた。さっきまで気絶していた男の一人が意識を取り戻し、密かに僕らの背後に忍び寄って地面に落ちた拳銃を拾い上げ、こちらにその銃口を向けていたことを、僕らは寸前になるまで気付けなかったのだ。


「あっ、危ない!」


 誰よりも早く危機を察知した紬希が、咄嗟に叫んで飛び出した瞬間――


 タァン、タァン、タァン!


 乾いた銃声が三発、倉庫の中に響き渡った。


 紬希の人差し指から伸びた糸が、火を噴いた拳銃に絡み付き、男の手から引き剥がす。その隙に虎舞が顔面に大きく蹴りを食らわせ、男は抵抗むなしく再び気を失った。


「紬希! 大丈夫――」


 振り返った際、床に倒れてゆく紬希と小兎姫さん二人の姿が目に映り、僕は言葉を失う。


 放たれた三発の銃弾のうち、一発は小兎姫さんの左太腿をかすめ、残りの二発は、全て紬希の体が受け止めていた。


「紬希っ!」


 倒れ込んだ二人の(かたわらに慌てて駆け寄る。紬希の着ている制服のシャツが血で濡れて真っ赤に染まっていた。耳元で何度も紬希の名を呼んだが、返事は無く、目も開かなかった。虎舞が撃たれた紬希を見て、ヒステリックな声を上げる。


「アンタ馬鹿なの⁉ どうして私たちを(かばったりなんか――」


「二人とも落ち着いて! 恋白ちゃんなら大丈夫よ……安静にさせて、着ているものを脱がせて、体をよく見て」


 怪我した脚を押さえながら、小兎姫さんがそう言った。僕は彼女の指示通りに動き、そっと紬希を仰向けに寝かせて、血塗れたシャツのボタンを外し、上半身を露出させた。


 僕らは血まみれになった彼女の身体を直視できなかった。それでも我慢して、真っ赤に染まった上半身に目を落とす。


 右肩と左脇腹辺りに、赤黒い小さな穴が空いていた。背中まで貫通していないところから見て、銃弾はまだ体内に残っているようだ。


 ……しかし次の瞬間、紬希の体に異変が起きる。撃たれた傷辺りの皮膚表面から、あの白くて細い糸が、まるで無数に湧く寄生虫のようにシュルシュルと音を立てて伸びてきたのである。


 その様子を見てしまった虎舞が悲鳴を上げた。それはあまりにおぞましい光景だった。彼女の肌から生え伸びた無数の白い糸が、体内にめり込んだ銃弾を外へ押し出してゆく。やがてグチグチという生々しい音が吹き出る血と共に(あふれて、銀色に光るひしゃげた弾丸が二つ、傷口から抜け出てコロリと床に転がった。


 白い糸はゆらゆらと蠢きながら、ひとりでに傷口へ素早く糸を渡しては紡いでいき、瞬く間に縫合されてしまった。


 その一部始終を見てしまった虎舞は顔面蒼白になり、両手で口を押さえたまま、腰を抜かしてその場に倒れ込んだ。


「嘘………なんなのよ、こいつ……」


 ――昨日虎舞に会った時、僕は紬希が不死身の能力を持っていることを、どうしても彼女に伝えられなかった。不死身の体であることを証明するためには、相手に傷付けられるか、もしくは紬希自身が自分の体を傷付けるしか方法がない。


 でも僕は、紬希にそれだけは絶対にしてほしくなかった。だから昨日、カッターを取り出して虎舞の後を追いかけようとする紬希を必死に押し留め、それだけはするなと言い聞かせた。


 ……なのに、結局は虎舞も、この光景を目撃することになってしまった。


 しかも今回は、リストカットしたあの時の傷など比ではない。あの時よりも更に痛々しく、血みどろで、残酷だった。


「この子、一体何なの? 撃たれたら普通死ぬはずなのに……」


 凄惨な光景を目の当たりにした虎舞は、恐怖のあまり目に涙を浮かべ、震え声でそうつぶやく。僕は、もうどんな言い訳も彼女には通じないだろうと、諦めたように肩を落とし、怯えている虎舞に向かって言った。


「……なぁ虎舞、これで分かっただろ? これが紬希の持つ力だ。どんなに体が傷付こうと、一晩経てば元通りに治ってしまう。こいつは本当に不死身なんだ。死神に魅入られてしまった哀れな人形――いや、継ぎ接ぎだらけのボロボロな縫いぐるみなんだ」


 閉じていた紬希の目が開き、彼女はゆっくりと体を起こす。


 そしてこちらに振り向くと、以前ガード下で見た時と同じ、微塵も「苦痛」を感じていない顔で、僕らに向かってこうつぶやいた。


「――今のは、ちょっと痛かったかも」

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