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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 見えざる脅威
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5月3日(金)④ 一瞬でおしまい

「その子を離して」


 紬希は男たちに向かって声を上げた。彼らの目と、彼らの持っている銃の照準が一斉に紬希へと向けられる。


「……だ、誰だ貴様ァ……?」


 カッターの刃先が手の甲に深く突き刺さり、血のしたたる右手を押さえながら、男がうめくように尋ねた。


「無実の人に銃を向けるなんて許せない。……だから、私からのお仕置き」


 そう言って、紬希は投げたカッターの刺さっている男の右手を指差した。


 すると、リーダーの男の悲鳴を聞き付けたのか、外で見張っていた二人が倉庫の中に戻って来て、六人の男たちがそろう。


 以前、ガード下で相手をした不良たちと比べれば、頭数あたまかずは一人減っている。が、奴らの手に握られているのは金属バットなどではなく、射止めた相手を確実に殺すことのできる拳銃である。


 手をカッターで射抜かれた男は、うずく痛みにもだえていたが、仲間が来たのを見てこちらの勝利を確信したのか、ニヤリと引きつった笑みを浮かべて言う。


「……ふっ、くくく……お前、ひょっとしてこいつの友達か? 友達を助けるために、たった一人で乗り込んできたってのか? ……ったく、女なのに大した度胸のある奴も居たもんだよなぁ――」


 そして次の瞬間、男の目の色が変わり、強烈な殺気の視線に貫かれた。


「テメェら、アイツをぶっ殺せえぇぇっ!」


 怒号と共に、男たちの持つ拳銃の銃口が、一斉に紬希を捉えた。


「やめろっ!」


 僕は思わず声を上げて、紬希の元へ駆け出そうとする。


 ――が、男たちが発砲するより前に、紬希は銃を向ける男たちの所作を真似るようにして自らの両腕を彼らの前に伸ばした。


 前方に伸ばした彼女の両腕の手先は開かれ、指先までピンと伸びている。もちろん、その手には何の武器も握られてはいない。ただ相手に向かって両腕を伸ばしただけ。一体どうしてそんな真似をするのか、僕には理解できなかった。


 しかしここで、不思議なことが起こる。


 紬希が前方に突き出した両手を強く握り、伸ばしていた腕を一気に自分の元へと引き寄せた。


 すると次の瞬間、男たちの握っていた拳銃がひとりでに彼らの手から離れ、宙を舞って地面を転がり、紬希の足元まで引き寄せられてしまったのである。


 僕は目を見張った。まるで念力でも使ったかのように、紬希の手先から何か見えない力が働いて、男たちの手から銃を引きがしてしまったようにも見えた。


 手にしていた武器を一瞬にして取り上げられてしまい、ヤクザの男たちは何が起きたのかも分からないまま、ぼう然と立ちすくんでしまっている。


 僕はふと地面に目を落とし、紬希の足元に転がった銃を見た。


 床に落ちた銃には全て、紬希の指先から伸びた白い糸が絡み付いていた。彼女は、さっき両腕を前に伸ばしたわずか一瞬のすきに、男たちの構えていた拳銃全てに糸を飛ばして絡ませ、相手が撃つ寸前に糸をたぐり寄せて奪い取っていたのである。


 この、遠くにある物に向かって糸を伸ばし、自分の手元に引き寄せてしまう技術は、糸を放つ能力を持つ紬希にしかできない高度な技だった。かつて、逃げようとした黒猫チッピを捕まえたり、虎舞の食べていたサンドイッチを奪い取ったのも、この技によるものだった。

 

「恋白ちゃんやるじゃない! 大丈夫、後は私に任せて!」


 すると、今がチャンスとばかりに、小兎姫さんが唐突に紬希の前へと躍り出た。


 ――刹那、ヒュッと風の吹く音がして、彼女の姿が幻のように消える。


 そして彼女が消えたと同時に、倉庫に居た男たち全員、まるで打たれたボールのように後方へ吹っ飛ばされ、倉庫の壁や柱に体を打ち付けて地面に転がり、手脚をぴくぴく痙攣けいれんさせたまま気を失ってしまった。


「やれやれ……これで一安心ね」


 ヒュッと風の音が耳を抜けたかと思えば、いつの間にか僕らの隣に小兎姫さんが戻って来ていて、パンパンと両手をはたきながら、目を回して倒れている男たちを見下ろしていた。


「……あの、ひょっとしてこれ全部月歩さんが?」


 僕がそう尋ねると、小兎姫さんは際どいバニー衣装のズレた胸元を整えながら、「うんそう!」と元気良く答えた。


「でも、思ったより勢い余っちゃったわね。全員の眉間みけん狙って指で軽く小突いただけだったんだけど……加減を間違えちゃったかしら?」


 そう言って「てへっ」と呑気のんきに照れ笑いするバニーガール。彼女が一瞬だけ見せた凄まじい力を前に、僕らは戦慄する。


 あの一瞬の間に何が起こったのかは、大体予想がついた。小兎姫さんは超高速移動能力の使い手。超高速で動く彼女が触れた物には、通常の動きで触れる時より何倍もの強烈な衝撃がともなう。例え指先でも少し触れようものなら、さっきのように大人の男ですら軽く吹っ飛ばしてしまうほどの威力を出せてしまうのである。


「――はい! ではここで、能力者としてのレッスンその一!」


 すると小兎姫さんは突然、閑話休題とでもいうようにポンと手を叩き、それから紬希に向かって人差し指をかかげて見せた。


「『能力を使うのは構わないけれど、普通の人間相手なら、ある程度は力を加減してあげること』 人間を相手に全力でぶつかって、下手して死なせでもしたら元も子もないからね」


 まるで弟子に向かって教訓を述べる師匠のように、小兎姫さんは紬希にそう教えて聞かせていた。


 ……そう言えば、さっき僕が小兎姫さんに相談を持ち掛けた時、彼女は「紬希の好きにやらせればいい」と言っていた。


 けれど、それでもやはり能力者としての必要最低限の心得は教えておくべきだろうと考え直したのだろう。小兎姫さんは紬希に向かって能力の強弱を制御するコツや力の引き出し方等々、能力を使うに当たっての注意点を指南してくれていた。


 多分、小兎姫さんも同じ能力者である紬希のことを自分なりに色々と考えてくれているのだろう。そんな何気ない気遣いが感じられて、僕は少し嬉しくなった。一方で紬希の方はというと、能力使いのプロから教訓を学べることが嬉しいらしく、コクコクと何度も頷きながら熱心に彼女の話を聞き入っていた。


「……ねぇ、あいつら一体何を話してるわけ?」


 師匠とその門弟という関係になった二人を、はたから胡散うさん臭い目で見詰めていた虎舞が、僕にそう尋ねてくる。


「……分からない。どっちにしろ、僕らには関係の無い話だと思うよ」


 僕は肩の荷を下ろすように溜め息をついて、そう答えた。

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