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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 白ウサギを追いかけろ
37/190

5月2日(木) 虎舞への告白

挿絵(By みてみん)

<TMO-1036>







5月2日(木) 天気…曇り



 明日からいよいよゴールデンウィークが始まる。学校でも、生徒たちは休日何をするか、休みの予定を埋めることに余念がない。


 でも彼らと違って僕は、連休に入る前にやらなければいけないことが一つだけ残されていた。


「虎舞、今日の放課後、空いてる?」


 昼休み、僕は校舎と体育館とを結ぶ外廊下に腰掛けてお昼を食べていた虎舞の隣に座り、そう尋ねた。


「無理。色別対抗リレーの練習とか部活とかで超忙しいの」


 虎舞は無愛想にそう答えて、手作りのサンドイッチにかぶりつく。


「どうしても?」


「だから言ったでしょ。アンタ達のくだらない遊びに付き合ってる暇なんかないの。二人で仲良くやってれば? 連合団の任務とやらをさ」


 今日の虎舞は機嫌が悪そうだった。黒猫を追いかけていた時のような無邪気な時の彼女は影を潜めてしまっている。昨日、虎舞を置いて紬希と二人だけで帰ってしまったのがいけなかったのだろうか? 


 ――これは僕の勝手な推測ではあるけれど、多分彼女は、本当は色別対抗リレーの練習なんてやりたくないのだと思う。やりたくないのに、体育祭の最後を飾る重要な役を任され、サボろうにもサボれなくて、責任とかプライドばかりが彼女の胸を締め付け、モヤモヤとした気持ちがずっと晴れないままで居るから、ついイラついてしまうのだろう。


「大事な話をしたいんだ。少しだけでもいいから時間を取れないかな?」


「ああもう、ウッザい! そんなに大事な話なら今ここで聞いてやるからさっさと言いなさいよ!」


 虎舞は口の中のものを飲み下して乱暴にそう言い放った。


 僕は心中で溜め息をつく。どうして僕が怒られなければならないのだろう? 理不尽に思えて悲しくなってくる。そもそも、今回の話は全て紬希の問題であって、僕は全くの部外者であるはずなのに……


 でも、連合団の一員となってしまっている以上、僕もこの場に立ち会っていなければならないだろう。全くもって嫌な役回りだった。


「はぁ……だってさ、紬希。やっぱり今じゃなきゃ駄目みたいだ」


 僕は溜め息をついて声を上げる。しかし、周囲に紬希の姿は見当たらない。


 ――でも僕には分かっていた。彼女は、すぐ近くにいる。


 次の瞬間、虎舞の持っていたお昼のサンドイッチが、まるで何かの見えない力に引っ張られるように彼女の手から離れた。


「あっ――ちょっと!」


 別に強い風が吹いた訳でもないのに、虎舞の食べかけのサンドイッチは木の葉のように宙を舞って、そのまま近くにあった木の上へと登っていき――


 いつの間にか、木の枝に腰掛けていた紬希が、見事にそれをキャッチしていた。


「……よし、釣れた。これ、とっても美味しそうね。あなたが作ったの?」


 虎舞は、さっきまで自分の手の中にあったサンドイッチが瞬く間に紬希の手に渡ってしまったことに酷く驚いている。


「挟んであるのは卵とハムかしら? それともスパム?」


「ちょっ……返しなさいよ!」


 虎舞が怒って立ち上がると、紬希は木陰にさっと隠れてしまう。


 逃すまいと虎舞は木の裏に回り込むが、その時にはもう紬希は木の上から姿を消してしまっていた。


「何処行ったの⁉」


「ここよ」


 今度は背後から声がした。振り返ると、ついさっきまで虎舞の座っていた場所に、いつの間にか紬希が立っていた。


「勝手に取ったりしてごめんなさい。ここに戻しておくわ」


 紬希はそう謝罪してから、広げてあるバンダナの上にそっとサンドイッチを戻してやる。


 虎舞は気付いていないようだが、紬希は指先から白い糸を投げ縄のように放ち、小舞の手の中にあったサンドイッチをピンポイントで絡め取って自分の元へ引き寄せてしまっていた。まさに神業とも言える奥義を身に付け、僕らの前で披露してしまった紬希。以前、路地裏で逃げようとした黒猫のチッピを遠くから捕まえることができたのも、この技のおかげだった。


 今回は少しおふざけが過ぎているとも思ったけれど、それくらいしないと、疑り深い虎舞には信じてもらえないだろう。


「……アンタ、今何やったのよ?」


 険しい顔をしてそう問い詰めてくる虎舞。紬希はそんな彼女と向かい合うと、一切の迷い無くこう切り出した。


「――虎舞さん、実は私も、月歩さんと同じ超能力者なの。体から糸を出す能力。……だからさっきみたいに、自分の体から伸ばした糸で遠くにあるものを自分の方に引き寄せることもできる。それだけじゃない。この糸のおかげでどんな場所にでも登れるし、怪我だって糸で紡いであっという間に治してしまう。そんな不思議な力を、私は持っているの」


 紬希はそう言って、指先から糸をつるりと垂らして見せる。


 けれども虎舞はその言葉を聞いた途端、それまで怒っていた表情を一気に崩して、大きな笑い声を上げた。


「……あのさぁ、それマジで言ってんの? 私さっきも言ったよね? アンタ達のつまらない遊びに付き合ってる暇なんかないって。さっきのだって何かしらカラクリを仕込んでいたんでしょ? 上手い演出よね。そこまでして自分が超能力者だって言いたいのなら、この場で鼠にでも変身してみなさいよ? そうすれば信じてあげないこともないわ。――それに言っとくけど、私はあの未来から来たなんてぬかしてるコスプレウサギ女の言うことだって全部は信じてないんだからね」


 虎舞はつっけんどんにそう言い切ると、「……ほら、分かったならそこどいてよ」と紬希を押し退け、残りのお昼を抱えてそそくさとその場を立ち去ってしまった。


「……やっぱり、あの子にもリストカットを見せるしかなさそうね」


 そう言ってポケットからカッターナイフを取り出して後を追おうとする紬希の腕を、僕は必死になって押さえ付けた。そんなものを持って学校内を走り回られたらたまったものではない。


「それだけは絶対にやめてくれ。余計に変なトラウマを植え付けるだけだよ」


 ……やはり、虎舞もまだ超能力の存在を信じてくれている訳ではないらしい。一人でも紬希への理解者を増やしたいという強い思いはあるものの、現在僕以外で彼女と一番身近に居る虎舞にさえ、その説得に手こずってしまっている。日々の日常の中で紬希の秘める力をなるべく人前に晒さないよう、常に彼女の側に居ようと決心したのは良いものの、ずっと僕一人で彼女の面倒を見続けるのはさすがに疲れてしまう。


(さて、どうしたものか……)


 ――僕は暫く悩んだ末、紬希と同じ能力者であり、同時に唯一の理解者である月歩さんにもう一度相談してみようと思った。能力者であり、僕らとも面識のある彼女なら、何かまた助言をくれるかもしれない。


 月歩さんは能力者でありながらも、紬希だけでなく、僕みたいな普通の人間にも優しく接してくれていた。あの人なら、僕の抱える悩みも分かってくれるはず――


 そう思い、僕はあのコスプレウサギお姉さんに、密かに期待してみることにした。

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