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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 白ウサギを追いかけろ
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5月1日(水)② 能力お披露目会

「ふふっ、いくら体が傷付いたとしても、即座に体から糸を出して再生する。面白い能力よね。……でも、恋白ちゃんの持つ力は、それだけじゃないはずよ。あなたの秘めている力、もっと見てみたいわ」


 小兎姫さんからの要求に対して、紬希はしばらくその場で考えていたが、やがてこくりとうなずいて立ち上がった。


 倉庫の外へ出ようとする彼女を、僕は思わず腕をつかんで引き止めた。またあの時みたいに、目の前でカッターナイフを振り回されてはたまらなかった。


「大丈夫、今度は体を傷付けたりなんかしない。以前から私なりに、自分の力で何ができるのか、色々と試していたの。ちょうど良い機会だから、今ここでその成果を見せるわ」


「色々試したって……何をやったのさ?」


「それは、………秘密」


 紬希は口元に人差し指を当て、真顔のままでそうつぶやいた。どうやら僕の知らないところで、自分の持てる能力を使い、あれこれ画策していたらしい。そんな彼女が、一体僕らに何を見せようというのか。


 紬希は小兎姫さんの要求に淡々と応じて、倉庫の外へと足を運んでゆく。



 廃倉庫の外、広々とした空き地、劣化して所々ひび割れた路面の上に凛と立つ紬希。


 彼女はすぅと大きく息を吸っては吐き、ゆっくりと目を閉じた。僕と小兎姫さんは、これから始まる紬希の一人舞台を、離れたところから見守っていた。「あまり無茶はするな」と伝えたかったけれど、彼女の秘める力を存分に発揮すべき場で、そんなことを言うのは浅はかなのではないかと思った。


 ――それに、正直に言ってしまえば、僕も以前から紬希の持つ力が一体どれ程のものなのか、この目で見てみたいと密かに思っていた。我ながら無責任な希望だとは感じていたが、今日、その希望は唐突にも実現してしまった。


 紬希はその場で体勢を低くし、一気に地面を蹴って駆け出す。


 軽やかな足取りでみるみるうちに加速していき、タンと乾いた音と共に、彼女の体は宙高く舞い上がった。


 そのまま倉庫周辺を取り巻く高さ五メートルのさびた金網の柵の上に足をかけると、忍者の如き素早さでその柵の上を駆け抜けてゆく。


 勢いを付けたまま、紬希は更に飛び上がって腕を前へ伸ばすと、指先から投げ縄のように白い糸が飛び出して、近くに建っていた送電用の鉄塔の脚に絡み付いた。糸がピンと張って、彼女の体は瞬く間に鉄塔に吸い寄せられていき、見事鉄塔の脚に取り付くことに成功する。


 まるでサーカスを鑑賞しているような、迫力ある動きだった。その動きは熟練の軽業師すら眼から(うろこが落ちるほどに洗練されていた。……ただ、学校の制服姿でそんな荒技を次々と繰り出していくものだから、途中幾度となくスカートがはだけて、その度に僕は目のやり場に困ることとなった。


「……なるほどねぇ、卓越した身体能力に鋭い平衡(へいこう感覚、それに柔軟性も優れてる。流石だわ。あなたの相棒は優秀な子ね」


 紬希の動きを観察しつつ、彼女の能力を冷静に分析し、評価していく月歩さん。彼女は紬希のことを「優秀」と言っていたけれど、能力者の持つ力に優劣なんてあるのだろうか?


 紬希は糸を放っては鉄塔の脚に絡ませ、遠心力を駆使して空中ブランコのように弧を描きながら上へ上へと登っていく。電線に触れて感電しないだろうか? などと心配しているうちに、彼女はとうとう鉄塔の頂上を制覇(せいはしてしまった。


 その鉄塔は紅白(こうはく塗装が施されているところから見て、ゆうに高さ六十メートルは越えているだろう。紬希の小さな影が、日が沈み(くれないに染まってゆく空の上にぽつりと小さく浮かんでいた。


 そして次の瞬間、彼女は大きく跳躍し、中空に身を躍らせた。六十メートル以上もの高さがある、鉄塔の頂上から。


 僕の呼吸は一瞬止まり、その場で凍り付く。自殺志願者ですら身を引いてしまう程の高さであるというのに、彼女は何の躊躇(ちゅうちょもなくそこから飛び降りたのである。


 しかし、何故か紬希の体は、物理法則をあっさり無視して、緩やかな速度をもって下降しながら地面に近付いてゆく。よく見ると、彼女の腕から伸びた白い糸が送電線に絡み付いていた。どうやら跳躍した際に電線に糸を引っ掛けていたらしく、その糸に支えられて、紬希は廃倉庫前の地面の上にふわりと舞い降りた。


 ――パチパチと、手を叩く音がした。


 まるで、優れたパフォーマンスを披露してくれた演者に向かい、客席から喜びと感謝の意を投げるように、小兎姫さんが紬希に拍手を送っていた。


「素晴らしいものを見せてもらったわ」


 僕は即座に紬希に駆け寄り、「大丈夫だったの?」と尋ねる。彼女は息一つ乱すことなく「これくらい、なんてことない」と余裕な表情でそう言ってのけた。


「自重も支えるほどに頑丈な白い糸、その糸を使って何処へでも縦横無尽に駆け巡り、おまけにその糸は、自身の負った傷口すらも繋ぎ合わせてしまう……まるで蜘蛛(くもと縫いぐるみを掛け合わせたかのような能力ね。――恋白ちゃんの力について、他に知ってる人はいるの?」


「いえ、多分僕と月歩さんだけだと思います。虎舞は……あいつは、気付いてるのかな?」


 僕は分からなくなって、曖昧にそう答えた。


「夏江ちゃんには話しても良いと思うわ。なんだかんだ言いながらもあの子、私の能力のことをちゃんと黙認してくれているみたいだし、きっと話せば信じてもらえるはずよ」


「はぁ……」


 僕は曖昧な返事を返す。小兎姫さんはそう言ってくれるけれど、実際問題、あの疑り深い虎舞が能力者の存在を信じ、僕らに協力してくれるなんてとても考えられなかった。


 虎舞に打ち明けるべきかどうか、頭を抱えて考えあぐねていると、小兎姫さんが僕の肩にそっと手を置いて、耳元で密かにささやくように言った。


「ふふ……見た感じだと、あなたが今までずっと恋白ちゃんのことを見ているみたいね。でも、あなた一人だけで何かと苦労してることも多いんじゃないかしら? この先もまだ彼女のことを見ていくつもりなら、仲間は一人でも多い方が良いんじゃない?」


 小兎姫さんからそう耳打ちに助言されて、僕は思わずハッと息を(んで頭を上げる。まるで自分の心の内を見透かされているように思えて、驚きを隠せなかった。


 ――けれど、逆に小兎姫さんに悩みを的確に言い当てられたことで、それまで自分の心の中に(わだかまっていた(もやが晴れていくような気がした。彼女は、僕の中で決めかねていた決断の後押しをしてくれたのかもしれない。


「……分かりました。そうします」


 今の僕に必要なのは、同じ境遇の仲間を見つけること。相談できる人は多いに越したことはない。


 明日にでも虎舞に会って、紬希の秘める力について彼女に打ち明けてみよう。僕は心の中で密かにそう決心したのだった。

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