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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 白ウサギを追いかけろ
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4月28日(日)② ミライネコ

 紬希によって、まるで刑を受けた罪人の如く吊るされてしまった哀れな黒猫は、結局宙吊りにされたまま、僕らの尋問に付き合わされることになった。


「まずアンタさ、何で喋れんの?」


 虎舞の率直な質問に、黒猫は不満げな態度で、渋々と答え始める。


「……ふん、俺の首に付いたこの赤い首輪のおかげさ。こいつは、俺の脳波を人間の言語に変換して出力し、逆にお前ら人間の言葉を猫の脳波に変換して入力することができる装置なんだ。まぁ、能無しのお前らに話したところで、仕組みを理解できるわけないだろうけどな」


 話す度にいちいちこちらに突っかかってくる黒猫の反抗的な態度がどうも好きになれない。けれど、猫の首に付いている赤い首輪には、どうやら猫と人間との会話を可能にするハイテク装置が組み込まれているらしい。まるでドラ◯もんの秘密道具みたいだ。


「そんなもの、今の科学の力じゃ実現不可能だと思うけれど……」


「当たり前だ。こいつは未来の技術で作られた物だからな」


 僕は、てっきり黒猫が僕らをからかっているのだと思った。その言葉を聞いた虎舞も「ふん、バッカみたい」と鼻で笑ってしまっている。


 けれども、そこへ紬希が「なら、貴方は未来から来た猫なの?」とさらに質問を重ねてくる。例えどんなに大袈裟な法螺話であろうとも、彼女は疑う工程をすっ飛ばし、話を次へ次へと進めてしまうものだから、僕はいつも話の流れに乗り遅れてしまう。


「ああそうさ。俺は二十年後の未来からやって来た史上初の未来猫なのさ。まぁ、馬鹿なお前らに言っても信じちゃくれないだろうがな」


 黒猫は鼻で笑って自慢しているが、紬希は首を振った。


「信じる。だって、その首輪が紛れも無い証拠になるもの」


 けれども、虎舞が反論する。


「ちょっと待ってよ。こいつが二十一世紀の未来からタイムマシンで来たネコ型ロボットだとでも言いたいわけ? まったく、とんだバカ話ね」


 確かにフィクションの中でしか成立しないような話だけれど、実際に今、僕らと黒猫の間できちんとした会話が成り立っているのも紛れも無い事実だ。この黒猫は、本当に未来からやって来たというのだろうか?


「……それなら、この猫の飼い主から話を聞いてみたらどう?」


 そう提案してきたのは、嫌がる黒猫の尻尾を指で絡めて(もてあそんでいる紬希だった。


「多分、猫の話が正しければ、この首輪を付けた飼い主も同じ未来人ってことになる。それにこの子、私たちに向かって『((俺たち))に関わるな』って言ってた。だから、きっと飼い主もあなたと一緒にここへ来ているはずよね」


「うっ……」


 紬希の鋭い推理に、黒猫が言葉を詰まらせた。


「ふぅん……じゃあ会わせてもらおうじゃないの。未来から来たっていうアンタの飼い主にさ」


 虎舞が黒猫に飼い主の場所を吐かせようと詰め寄った――その時だった。


 狭い路地の奥から、突然前触れも無く猛烈な突風が吹き抜けた。風に煽られてよろめく僕らの耳元でキーンと耳鳴りがして、右から左へ一瞬影が抜けていったかと思うと、それまで黒猫を吊るしていた紬希の糸がぷつりと音を立てて切れた。


 そして次の瞬間には、黒猫は僕らの前から姿を消してしまっていた。


「――私の可愛い相棒をいじめないであげて。この子、意外と怖がりなの」


 何処からともなく、今度は若い女性の声が聞こえた。しかし、声はすれども、その姿は見えない。


「あなたが……あの黒猫の飼い主?」


 見えない相手に向かって紬希が咄嗟に言葉を投げる。飼い主だって? あの猫の飼い主が、ここに来ているというのだろうか? いきなりの急展開に、僕の頭が付いていかない。


「あら、あなたたちにはもう、私のことを随分把握してしまっているらしいのね。なかなか冴えてるじゃない。……ええそう、私がこの子の主人よ。私の相棒が何か粗相をしたというのなら、ごめんなさいね。この子、可愛い割に口が悪いから」


 ふふっ、と何処かで誰かの笑う声がした。


「あなたたちとはゆっくり話がしたいけれど、今日のところは退散させてもらうわね。……明日の正午、駅前のガード下で、また会いましょう」


「……ふん、今度こそあばよ、間抜けなガキ共」


 黒猫の捨て台詞と共に、女性の声は気配と共に周囲の闇に溶けて消えた。


「ちょっと待ってよ! ねぇ! ……もう、何なのよ。私たちに顔も見せずに逃げるとか、サイテーっ!」


 虎舞がぶつくさ文句を垂れながら、傍に落ちていた空き缶を狭い路地の奥へ蹴飛ばした。


 ……なんだか、短時間の間に摩訶不思議な出来事があり過ぎて、先程までここで起きていたことが現実なのか夢なのかあやふやになってしまう。未来から来たと言い張る口の悪い黒猫。そして、黒猫の飼い主である謎の女性。唐突に風の如く現れ、僕らに姿を晒すことなく風のように去っていった彼女は、一体何者だったのだろう?


「……『明日の午後、駅前のガード下で』って、あの人は言ってた」


 紬希がそう言い、僕は深く頷いた。


「うん、あちらから接触してきたのだから、こっちも素直に応じるしかないだろうね。とにかく、飼い主本人に会ってみないことには、何も分からないよ」


 結局この日、僕らは喋る黒猫や姿の見えぬ飼い主など多くの謎を抱えたまま、逢えなく解散することとなった。


 ――でも、今日一つだけ分かったことがある。それは、虎舞が遊び半分で僕ら「連合団」に持ち込んできた「黒猫の飼い主を探す」という依頼が、ちょっとやそっとのことでは理解できないくらいに複雑で謎の深い内容であるということ。黒猫の警告した通り、僕らが下手に首を突っ込んではいけないような気もするが、リーダーである紬希が居る限り、謎を謎のまま放っておくはずがない。


 僕ら「放課後秘密連合団」は、結成してまだ一ヶ月も経たないというのに、初っ端からかなり厄介な仕事を抱えてしまったようだった。

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