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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第2章 たった一つの命を捨てて
26/190

4月26日(金)① 「鍛錬」遠足

挿絵(By みてみん)

<TMO-1025>







4月26日(金) 天気…晴れ



 今日は一年生のみのイベントである鍛錬遠足が行われる日だった。昨日の大雨とは打って変わり、今日は雲一つない快晴の青空が広がり、空気もさわやかで絶好の遠足日和である。


 遠足のルートとしては、まず出発点である学校のグラウンドからスタートし、美斗世市の南西にある大株山(おおかぶやまという山の上まで登る。山の奥に高創寺(こうそうじと呼ばれる大きなお寺があるそうで、そこまでの道のりを何百人もの生徒が連なって歩くという、まるで大名行列のような一大行事である。


 最初、山に入るまでの間はずっと街中の平坦な道が続いたので、クラスメイトたちは皆楽しそうにワイワイやりながら歩いていた。


 しかし、いざ山の中に入ってみると、傾斜の急な細道と、天まで届きそうな長い階段が僕らを待ち構えていた。それまで楽しげだった生徒たちの表情は瞬く間に一変し、皆が皆話すことも忘れて、玉の汗を額に浮かべながらひたすら階段を登った。


 そうして、ゴールである高創寺に到着する頃には、ほぼ生徒全員が息を上げてその場に座り込んでしまっていた。


 他の生徒が、皆幾つかのグループにまとまって険しい道を進む中、僕は終始ずっと一人で、誰と話すこともなく淡々黙々と歩き続けていた。僕には気軽に会話を交わすことのできる友達なんていなかったし、何よりも、クラスの中で唯一の話し相手である紬希は、なぜか今日学校を休んで遠足に来ていなかった。


 昨日の大雨の中、町を駆け回っていたせいで風邪でも引いてしまったのだろうか、と心配になる。


(……いや、不死身なあいつが風邪を引く訳ないか)


 などとぼんやり考えながら、僕は額をつたう汗を腕で(ぬぐった。


 普段いつも学校に来ては紬希のことばかり気にかけていたせいだろうか? 彼女が居ない中で行う学校行事は、何故かどことなく色(せているように思えた。彼女のことで何だかんだ頭を悩ませ、連れ回されて、時には鬱陶(うっとうしくて突き放してしまったこともあった――そんなトラブルメーカーである彼女が居なくなって、「ああ良かった」と安堵しても良いはずなのに。


 ……なのに、僕の心の中は安堵とは裏腹な、自然と湧き上がってくる寂しさに支配されてしまっていた。心にぽっかり穴が開いてしまったような空虚な気持ちを、どうしても(いなめなかった。


 山頂の高創寺に着くと、寺の本堂に入り、広い部屋で和尚さんから祈祷(きとうと説法を長々と聞かされた(ほぼ修行に近かった)。その後、ようやく自由行動が許され、風に吹かれて揺れ動く木漏れ日の下、生徒たちは各々好き勝手に散らばってグループを作り、お昼のお弁当を食べ始めた。


 けれど僕は、そんな賑やかな光景から少し距離をとって、一人静かな森の中で森林浴と洒落(しゃれ込んでいた。山の中に生える木はどれも樹齢百年を優に超えているものばかりで、太い幹の根元に腰を下ろして耳を澄ますと、風が木の葉を揺らす音が心地良い。


 ここのところずっと落ち着かない日々が続いていたから、たまにはこうして自然の中に一人身を置くのも良いだろう。そう思っていた――


 その時だった。


「……凪咲くん」


 そよぐ風に乗り、どこからともなく聞き覚えのある声が流れてきて、僕は飛び起きた。慌てて森の周囲を見渡すが、声はすれども声の主の姿は見えない。


「……上を見て」


 声に導かれて見上げると、僕が座り込んでいた木の真上――横に伸びた太い枝に足を掛け、しゃがみ込んでこちらをじっと見下ろしている紬希と目が合った。彼女はいつもと同じ制服姿で、まるで木の上で羽を休める小鳥のように、森の中に自然と溶け込むようにして潜んでいた。


「……あの……どうしてそんな所に居るんですか?」


 困惑するあまり敬語で問いかけてしまう僕。


「あなたたちが学校を出発した時から、ずっと密かに後を付けていたの。自分の持つ能力が一体どれほどのものなのか、試してみたくて」


 そう言って、紬希はゆらりと体を傾けると、重力に身を任せ、木の上から落下する。


「あ、馬鹿危ないっ!」


 僕は思わず声を上げたが、彼女は空中でくるりと回転して体勢を戻すと、地面に付く直前でふわりと落下速度を(ゆるめ、音も無く地面に着地した。着地する際、制服のスカートがふわりと舞い上がり、白い布地がチラリと見えたような気がしたけれど、僕は目を背けて見なかったことにする。


 ふと、降りてきた彼女の手元を見ると、細い指先から、いつか見たあの白い糸が伸びていて、さっきまで登っていた木の幹にしっかりと結え付けられていた。あの糸が、飛び降りた際に彼女の体を吊り上げて、着地のショックを柔らげていたのだ。


「私の糸はとても頑丈だから、こうやってワイヤーみたいに体を支えたり、遠くの物に引っ掛けて別の場所へ飛び移ったり、高いところによじ登ったりすることができるの。つい最近覚えた新しい技のひとつ」


 『ツムギは あたらしく きのぼりを おぼえた!』とでも言いたげに胸を張る彼女。話を聞いたところによると、どうやら自分の体から糸が出るという蜘蛛のような特性を生かし、様々な用途に活用する方法を思い付いては密かに実践しているらしい。


 これまで傷口を縫い合わせるだけだった白い糸に、こうして新たな使い道を見出したのは画期的と言えるのかもしれないが、そんなことをしてどうしようというのだろう? 相変わらず、彼女の行動は謎だらけだ。


「……それにしても、お前どうやってここまで来たんだよ?」


「町の中は家の屋根から屋根を伝って、山の中は木から木を伝ってみんなの後を追いかけてた。道中誰にも尾行してることを気付かれなかったし、見られもしなかったから問題ない。――これで、周りの誰にも自分の姿を見られることなく移動できることが証明できたわ」


 証明? 姿を見られない? 一体彼女は何を言っているのだ? そんな大昔の忍者みたいな真似をする彼女の意図が全くつかめない。


「だって凪咲君、この前『あまり人前でむやみに力を(さらけ出さない方がいい』って言ってたから、それなら人に見られないよう姿を隠していれば平気だと思って、隠密行動の自主訓練をしてたの」


 (あぁ、そう言えば……)と、かつて自分が彼女の前で言い聞かせていたことを今更ながら思い出し、僕はポンと拳を打つ。


 これまで散々自分勝手にやってきた紬希が、ようやく僕の意見を聞き入れてくれるようになったのかと思うと、嬉しい気持ちもある。……だけど、どうしてそんな僕の忠告から「隠密行動」などという言葉が代替案(だいたいあんとして頭に浮かぶのか、その思考回路がまず理解できなかった。毎度口にするようで恐縮なのだが、彼女の考えることは、いつも僕の想像のはるか斜め上をゆく。


「……うん、言ったよ。確かに僕はそう言ったよ。でもだからと言って『忍者になれ』なんて言った覚えもないよ! あまり変な真似をして目立つと、後々立場が危うくなるなるのは紬希の方なんだぞ。その辺のことちゃんと分かってるのかよ?」


 僕はつい感情任せに厳しくそう追及してしまう。けれど紬希は、珍しく何も言い返さず、ただ僕に向かってぺこりと頭を下げ、こう言った。


「――ごめんなさい」


 そんな風にいきなり素直になって謝られると、何だか注意している僕の方が悪いような気がしてきて、拍子抜けしてしまう。


「……いや、もういいよ。それに――」


 そこまで言って、僕はふと言葉を止める。一昨日前、発現した紬希の能力を目の当たりにし、恐怖のあまり心にもない言葉を投げ、あの場から逃げ出してしまった自分の愚かな行為が脳裏を過ぎり、思わず顔が強張(こわばってしまう。……あの時のことを、彼女が気にしていないはずがない。


 自分の言動が紬希を傷付けてしまっただろうと危惧した僕は、紬希に向かって頭を下げ、重い口を開いた。


「……それに、謝らなきゃいけないのは、僕の方なんだ」


 紬希は、頭を下げる僕を見てかくんと首を傾げ「どうして?」と尋ねてくる。


「それはその……一昨日(おととい、君に酷いことを言って勝手にあの場を逃げ出したから……だから、その――」


「別に、そんなこと気にしてない」


 僕が謝るより前に、紬希からあっさりとそう一蹴されて、僕はかけるべき言葉を失った。そのあまりに淡白な態度から見て、どうやら本当に彼女は、あの時僕がした酷い仕打ちのことを毛ほども気にしていないようだ。


「本当に気にしてないの? 僕、あの時けっこうキツいこと言ったと思うんだけど……」


「平気、もう慣れてるから」


 そう軽く受け流す紬希の様子から、どうやら本当に傷付いてはいないようだと分かり、僕はそれまで肩に入っていた力を抜いた。


 ――けれど、本人がそう言っても、僕はまだ納得がいかなくて、思ったことを素直に彼女に伝えた。


「……でも、それでもやっぱり謝っておかないと、僕の気が収まらないや」


「……そう。……なら、好きにすれば」


「――あの時、『死にたきゃ勝手に死ね』なんて言っちゃって、ごめん」


 僕はそう言って、紬希の前で深々と頭を下げた。気のせいか、次に頭を上げた時、彼女は少し困惑するような表情を見せていた。こうして面と向かって謝られた時、どう反応を返せば良いのか、鈍感な彼女には分からないようだった。

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