4月23日(火) 紬希がしたいこと
<TMO-1020>
4月23日(火) 天気…雨/晴れ
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この日もまた放課後になると、僕は紬希と共にそそくさと学校を出て、市内の巡回に同行する。もちろん、好きで同行している訳ではない。できることなら彼女なんかほったらかして、今すぐにでも家に帰りたい気分だった。
でも、僕が常に傍らで彼女を見ていてやらなければ、昨日みたいに何時どこで何をしでかすか分からない。いつも考えもせずに衝動に任せて突っ走り、ゆえに周りが見えなくなってしまうのは紬希の悪い癖だった。
それに彼女はまだ、自分の持つ力を少し軽視しているところがあった。大きな力を持つ者は、同時に大きな責任も背負わなければならないことを、彼女はまだ分かっていない。
だから、そんな傍若無人な紬希を監視する役が必要だった。
「……なぁ紬希、昨日みたいに、あまり人前でむやみに力をさらけ出さない方がいいと思う。変に怪しまれるよ」
「どうして? 目の前に困っている人が居るのに、放っておけない。私の力があれば、きっと助けられるはずだよ」
紬希は、一度決めたことは絶対に曲げずにやり通す精神を貫こうとしているようだった。そんな彼女の気持ちも立派だと思うけれど、ここは意固地にならずに、もっと頭を柔軟にしてよく考えてほしかった。
――昨日、紬希が空高く飛んでいく風船をジャンプして取り、男の子に手渡した時のことを思い返してみる。
もしもあの時、紬希が着地に失敗して怪我を負ったとしたらどうなっていただろう? 肌から蛆のように湧き出てくる白い糸で傷が紡がれてゆく一部始終を、あの親子が間近で目撃してしまっていたとしたら? そうしたら、あの親子は紬希のことをどう思っただろう?
想像しただけで恐ろしくなった。
――かつて、僕の目の前で紬希がカッターナイフを振りかざしてリストカットしたあの日、僕は紬希が紬希でなくなった瞬間を目撃してしまったように思えた。腕を切った、すなわち生との縁を切った、人間という立場を辞めた。……少し考えが大げさかもしれないけれど、一度考え出すともう止まらなかった。
彼女は化け物になってしまったんだ。思いたくはないけれど、心の何処かでそう決め付けてしまう自分がいた。
僕たち人間は、秀でた力や、突出して優れた能力を持つ者を恐れる傾向にある。いくら紬希が自分の力を人のために役立てようとしても、その力が脅威になり得る可能性は決してゼロにはならない。
だから、現実の世界でも、ヒーローは常に孤独だ。誰にも応援されず、ただ周りから恐れられ、忌み嫌われる存在として生きていかなければいけない。そんな人生を、紬希は自らすすんで歩みたいというのだろうか?
「……私、今の今まで、誰の役にも立てなかったの」
次々と浮かぶ不安や疑問に頭がかき乱されていたその時、紬希の口からふと、唐突にそんな言葉が漏れた。
「えっ?」
「……そんな役立たずな私に、この力が与えられた。これにはきっと、何か理由があるはず。……私は、その理由を見つけたいの」
紬希はそう言って、琥珀色の眼差しをこちらに向けた。その真っ直ぐな視線に、僕の心は射抜かれる。
「……だから凪咲君も、面倒に思うかもしれないけど、私の我がままに、付き合ってほしいの」
僕は、これまでこうして紬希と関わってきて、彼女が何を考えているのか理解できたことなんて一度もなかった。
けれど、今さっき紬希の漏らした言葉から、彼女が考えていることの、ほんのわずかだけれど一部分を垣間見れたような気がした。
――すると、紬希は不意に何か思い付いたような仕草をして、それまでずっと胸ポケットに入れていたあの汚いクマの縫いぐるみを取り出す。そして僕の前に差し出すと、人差し指を使ってぺこりと頭を下げさせた。
「……ほら、クマッパチも『よろしく』って言ってる」
真面目な表情のまま、あどけない行為に走ってしまう紬希を前に、ほんの数分間だけ続いた真摯なムードは、あっけなくぶち壊されてしまった。
「いや、そこで縫いぐるみから頼まれても……」
「だって、もともと凪咲君を連合団の一員にしたいって言い出したのはこの子で――」
「それって自分の我がままを縫いぐるみに押し付けてるだけじゃん」
「縫いぐるみじゃない、この子の名前はクマッパチ」
「どっちでもいいよ!」
「良くない」
……そんな僕らの他愛ないやり取りが、夕暮れ時の通学路に響き渡っていった。




