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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第7章 異世界からの侵略者
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6月4日(火)⑫ 境内の戦い

「あはははっ! こりゃオモロい展開になってきたなぁ! ――ほな、()()()()()()()()()()()()()()()


 灯々島は豪快に笑って片腕を高く上げ、パチンと指を鳴らす。


 それを皮切りに、周りを囲んでいた武装兵たちが、持っていたライフルを構えて一斉に射撃を開始。フルオートの銃声が境内に響き渡り、鉛玉の雨が境内に降り注いだ。


 相手が撃つ寸前、虎舞は咄嗟に隣に居たチヨベの尻を蹴り上げた。いきなり背後から蹴りを入れられたチヨベは、相手から死角となった木陰に倒れ込む。


「痛ってぇ! 畜生、何しやがるっ!」


「オッサンはそこに隠れてて! あれに一発でも当たったら死ぬのよ!」


 この世界の住人は、「銃」というものを知らない。正面切って突っ込んで行けば、標的にされてしまうのは目に見えている。虎舞はチヨベにそこを動かないよう忠告して、自身も傍に立つ木陰に転がり込んだ。敵側の攻撃は止むことなく、数多あまたの銃弾が間髪入れずに飛び交い、間一髪で隠れた虎舞たちに反撃の隙も与えさせない。このままでは、相手に火力で圧倒されてしまう。


 ――しかし、ここで紬希が動いた。


 不死身の体を持つ彼女は、飛んで来る銃弾をものともせずに相手の射線上へ飛び出すと、数発の弾をその身に受けつつも、手先から糸を飛ばして敵の持っていたM4ライフルを絡め取り、相手の手から引き剥がしていた。


 突然手元にあった武器を奪われ、混乱する兵士。その隙に、紬希はもう片方の手からも糸を飛ばして相手を絡め取り、がんじがらめに縛り上げてしまった。


 糸で体を縛られ、動けなくなった兵士たち数人が地面に転がり、芋虫のようにのたうち回る。


 しかし、尋常ではない敵の数に、紬希が数人を縛り上げた程度では、敵の猛攻が止むことはない。


 まさに銃弾飛び交う戦場と化してしまった境内を見て、「あぁ何ということじゃ! わらわ住処すみかが滅茶苦茶じゃ!」とイナリが悲痛な声を上げる。


「イナリさん! あなたの強力な幻術か妖術を使って、奴らを蹴散らすことはできないんですか⁉︎」


 僕は、やしろの柱に隠れて銃弾の雨をやり過ごしながら、腕に抱きかかえたイナリに向かってそう問いかける。


 僕らがここへやって来た時に見せたあの幻術は、まるで現実と区別が付かないほどにリアルな悪夢だった。あれだけの悪夢を見せる力があるのなら、攻撃してくる奴らにも同じような術をかけて、相手を翻弄させることだって容易たやすいはずだ。


「う、うむ……出来ないことはない。何せ、ここは妾の縄張りじゃからの」


「なら、イナリさんも手伝ってください! たった二人だけでこんな大勢に立ち向かうのは無謀過ぎます!」


 僕がどうにかそう頼み込むと、イナリは「わ、分かった。やってみよう」と頷き、両手を上げて敵へ向かっててのひらを掲げてみせる。


 ――しかし、イナリの動きに反して、戦況には何の変化も起こることなく、敵は更にこちらへ近付いてくる一方である。


「イナリさん! 早くしないと二人が――」


「うぅ……ぐすっ……あぁ駄目じゃ! 怪我をした愛弟子の顔が頭に浮かんできてしまって、上手く集中できないのじゃ〜〜〜っ!」


「えぇ⁉︎ そんな!」


 イナリはまたまた泣き崩れてしまい、僕はほとほと困ってしまう。「弟子に情けを掛けるのは師匠失格」「湧き上がる怒りや悲しみは我を忘れさせ、集中力を鈍らせる」――そんな薄情な師弟してい関係の教えを真っ向から非難した僕らだったけれど、正直今になって、あの教訓も的を得るところがあったのだと再認知させられる。特に師匠であるイナリは情にめっぽうもろい性格であるようで、ちょっとのことでもすぐ感傷的になって泣き出してしまう癖があるらしい。正直言って、どれだけ強力な幻術・妖術の使い手であろうとも、これでは戦いにも何もなりやしない。


「ちょっと凪咲! またちびっ子を泣かせたの!」


「えっ、いや! 違うよ! 僕はただイナリさんに二人の加勢をしてもらおうとお願いしただけで――」


「ああもううっさいわね! 別に加勢しなくても、私たちだけで十分にやれるわよ!」


 木陰に隠れていた虎舞は、持っていた妖刀「春夏しゅんか」を前方に構えた。



(……こんなふうに刀を構えるの、何年ぶりになるのかしら?)


 虎舞は、かつて厳格な父親から、剣道を教えてもらっていた中学生時代のことを思い返した。


 あの時、竹刀の構え方から間合いの取り方、相手の隙の突き方などを嫌と言うほど叩き込まれた。今はもう剣道はしていないが、腕はまだ鈍っていないだろうか? そんな一抹の不安が脳裏を過ぎる。


『動きが遅い!』


『守りがなっとらん! ガラ空きだ! 何度言えば分かる!』


『どうした? 親父相手に一本も取れないのか? そんなんじゃ、大会の予選すら通らんぞ!』


 大変な特訓の日々を思い返して、真っ先に浮かんでくるのは、父親の罵倒や叱責ばかり。自分だって精一杯頑張っているのに、中々その努力を認めてくれない父親が、酷く憎らしかった。


『――だから、お前はまだまだヒヨッコなんだ!』


 勝手に自分の腕を「まだまだだ」と決めつける父親の横暴な態度が、許せなかった。


(私だって……私だって、やればできるわクソ親父っ‼︎)


 虎舞は心の内で叫ぶ。かつて自分の師匠だった父親への不満と反抗心を、刀を持つ両腕に目一杯込めながら――



「タァ――――ッ‼︎」


 突き抜ける大声と共に、虎舞は銃撃の隙を突いて木陰を飛び出す。同時に、持っていた妖刀を大きく縦に振り上げ、向かって来る敵の前に、その刃先を振り下ろした。


 ヒュッ


 そして、空気を切る音がした次の瞬間――


 まるで地をさらうような一陣の風が、境内を吹き抜けた。その勢いは凄まじく、周囲に居た敵兵たちの脚をすくい上げ、綿毛のように軽く吹き飛ばしてしまった。


「な、何よこれ? 一振りしただけなのに……」


 刀の秘めた壮大な力を目の当たりにし、驚きを隠せない虎舞。


「それが、妖刀『春夏しゅんか』の力じゃ。チヨベの打った刀に、妾が風の妖力を丹念に編み込んで完成させた一振ひとふり。村守人であるミヤナのために、『秋冬しゅうとう』と共にこしらえた妖刀二振のうちの一つじゃよ」


 イナリが涙を拭いながらそう答える。「風の妖力」によって、刃先を振るだけで強風を引き起こすその能力は、まさに天狗の団扇だった。


 紬希と虎舞の奮闘により、大勢居た敵勢力も、そのほとんどが行動不能となってしまい、形勢はこちらに傾きつつある。


 ――しかし、そんな状況に陥ってもなお、灯々島の貼り付けたような笑顔が崩れることはなかった。


「ほぅ……あの猫耳娘、中々オモロい能力持っとるやないの。こりゃ、腕が鳴るわ。なぁ? 錐波?」


「何でボクの方を見るの? ボクは御免だよ。あいつらと付き合うだけの器じゃないし、ボクはもう帰りたいんだ」


「アンタはアホか。どのみち奴らから転送石を奪わんと、ウチらは戻れへんのやで」


「……あぁ、そうだった……面倒臭いなぁ。もういっそのこと、ここに居る全員切り刻んで終わりにしてもいいの?」


「それもアカンて言うたやろ。けど、アンタもちっとは本気見せんと、奴らしつこく抵抗して来よるで」


 灯々島からそう言われ、錐波は鬱陶うっとうしそうにヘルメットをガリガリ掻きむしりながら呻く。


「あぁ、そうだ……あいつらが素直に転送石を渡してくれれば、こんな面倒なことにはならなかったんだ。……あいつらさえ居なければ、こんなことには――」


 錐波の手が腰へと伸び、ベルトに下がったレイピアを握る。


 ――その瞬間を、僕は見逃さなかった。


「虎舞っ! 蚊男が来るぞっ!」


 そう叫ぶが早いか、錐波は素早くレイピアを引き抜くと、切っ先を虎舞に向けて飛び掛かっていた。


「ちょっ!――」


 虎舞はすかさず体を捻って攻撃をかわすが、錐波の突き出したレイピアの切っ先が頬をかすめた。


「逃げないでよ」


 錐波は即座に体勢を戻し、片手を背に、もう片方の手に持ったレイピアを虎舞へ向けてて構える。


「な、何今の……速過ぎるわ」


 虎舞は、いつの間にか付けられていた頰の傷に触れ、驚愕する。まるで瞬間移動でもしたかのよう。とても目で追えるような速さではなかった。


 先手を取った錐波は、持っているレイピアの先を虎舞へ向けたまま、ピタリと静止して動かない。


「まずは一番ウザイ君から、串刺しにしてあげる。ボクを本気にさせたこと、今更後悔したって、遅いからね?」


 そう言って、錐波は被ったヘルメットの奥で不気味な笑い声をあげた。

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