6月4日(火)⑪ 余所者たちの正体
「ちょい待てぇ錐波ぁ! 何勝手にウチらの秘密を話してるんや!」
突然、拡声器越しの大声が空の上から降ってきて、同時にバラバラと風を薙ぐ音と、ジェットの爆音が上空を突き抜けた。
日暮れを迎えて紅に染まり始めた空――その上空に、突如として現れた三つの影が、僕らの頭上を通過した。そのシルエットは、まるで空を飛ぶ巨大なオタマジャクシのようで、頭部には、エンジンの力で回転する巨大なローターブレードが空気をかき乱し、発生した乱気流が、社を囲う森の木々を激しく躍らせていた。
「へ、ヘリコプター!?」
その影の正体は、上空をホバリングする三機の輸送ヘリコプターだった。おそらく軍用なのだろう。両側の開け放たれたスライドドアには、大型の機関銃が設置されており、中にはヘルメットと防弾チョッキを身に着け、M4ライフルで武装した兵士らしき者たちが大勢乗り込んでいた。
「な、何でこんな所にヘリが!?」
僕は混乱した。異世界であるはずの空に、どうして僕らの世界にある乗り物が飛行しているのだろう? しかも、ヘリに乗り込む者たちが手にしている銃も、僕らの世界にしか存在しない武器であるはずだ。
突然現れた疑問が脳裏を過る中、僕は滑空するヘリコプターの機内に、とある人物を見つける。
重武装した兵士たちの中に紛れ、一人だけ、目に染みるような深紅のチャイナドレスを着た少女が、扉に手をかけて、こちらを見下ろしていたのだ。
「あれは……灯々島芳火っ――!」
以前、近所の公園で一戦を交えた恐るべき刺客。紬希を戦闘不能にまで追い込んだ火を噴くドラゴン少女、灯々島芳火が、拡声器を片手に、あの貼り付けたような笑顔でこちらを睨んでいたのである。
「……ったく、やっぱアイツ一人に任せといたらロクなことあらへんわ。――ウチが先に行く! みんなも後から続けっ!」
灯々島は拡声器を放り投げると、扉から手を放し、ヘリからその身を投げ出した。地面まで十メートルほどの高さがあるというのに、彼女はくるりと身をひるがえし、軽やかに地面へ着地する。
同時に、ヘリから何本ものワイヤーが下ろされ、武装した兵士たちもワイヤーを伝った懸垂下降で速やかに地面へ降りてきた。瞬く間に部隊が地上に展開し、神社の周りは謎の武装集団たちによって完全に占拠されてしまう。
「ちょ……い、一体なんなのあいつらは!」
突然の奇襲を受け、虎舞が混乱して声を上げる。
すると、僕の腕に抱きかかえられていたイナリが、向こうの様子を伺いながら言った。
「あやつらが、妾の土地を荒らす余所者じゃよ。妙な格好をして、変な羽根の付いた乗り物に乗って、何処からともなくやって来た無法者たちじゃ」
そう言われて、僕は納得する。イナリの言っていた「見たこともない羽根の付いた乗り物」とは、このヘリコプターのことを指していたのだ。
(やっぱり、イナリの言う余所者は、僕らの世界から来た者たちのことを言っていたのか……)
それに、彼らは全員軍隊並の武装をしており、あの統率の取れた迅速な奇襲行動を見ても、統一された一つの組織であることは間違いない。
……しかも、それらの部隊を統率するのは――
僕は柱に顔を近付け、部隊の展開する神社前の広場へ目を移す。
「錐波、お前アホかっ! 何ウチらの計画についてあっさり話そうとしてるんや! あれは最重要機密やて、あの方も言うてたやろ!」
「べ、別に言ったって構わないだろう? どうせあいつらの持ってる石は、ボクが全員殺して奪うつもりだったんだからさ」
「何言うてんの! それ話が違ってるやんか! ウチらの任務は、あくまで石の奪還と、あと《《能力者の強制スカウト》》や。目の前にぎょうさん能力者が居るってのに、全員ブチ殺すアホがどこにおるんや!」
僕らの前で口喧嘩している二人――一人は全身黒ずくめの蚊男と、もう一人はチャイナドレスを着こなすドラゴン少女。二人の口論は、関西弁で受け応えする灯々島のせいもあり、まるで漫才コントのようにも聞こえてくる。
しかし、この二人は共に紬希たちと同じ能力者であり、謎の武装組織を率いているのも、どうやら彼らであるらしい。
「……にしても、紬希はん、久しぶりやなぁ。……あ、あと隣の凡人君も」
そう言って、灯々島は僕らの方を振り返る。能力を持たない僕のことを「凡人君」と呼ぶ彼女に対し、僕は隠れている柱の裏から声を掛けた。
「やっぱり、お前も余所者たちの仲間だったんだな」
「はて、余所者? 何のことや?」
灯々島はしらばっくれるように首を傾げる。でも、彼女がこの異世界に居るのも、考えてみれば当然のことだ。
前回、近所の公園で灯々島と初めて対峙した時、彼女は転送石を首から下げていた。そして、石の力を使って光の渦に自らを取り込み、その場から消え去った。あの時、彼女は僕らの居た世界から、この異世界へと逃げていたのだ。
「……それにしても、ウチらが必死に探していた転送石の最後の一個を、まさかあんさんたちが持っていたなんてなぁ。たまげたわ」
灯々島はそう言ってけらけらと笑う。
「そういえば、少し前に、転送石の最後の一個を持ってるいう奴を見つけてな。そいつと会って、ウチらに石を渡すよう警告したんやけど、しつこく拒んできてなぁ。本当に話の分からん奴やったから、罰として、《《そいつの腕を一本落としてやったわ》》」
灯々島の最後の言葉に、僕らは絶句した。
まさか、奴らが――
「……やっぱり、私のトラを――ミヤナさんを襲ったのは、アンタたちだったのね」
その時、柱の影に隠れていた虎舞が、どこへともなく言葉を投げた。その声は低く、ささやくように小さかったが、彼女の表情は、まるで怒り狂った虎のように恐ろしかった。
「許せない……アンタたち全員」
虎舞は怒りの感情に支配され、隠れることも忘れて、武装兵たちの構えたライフルが狙いを定める只中へその身を晒し、灯々島たちと正面から向かい合った。
「ほぅ……ええやん、その本気な表情。ウチは好きやで」
灯々島は、憤りを露わにする虎舞の顔を見るなり、色っぽく唇を舐めた。
しまった――と僕は眉をひそめる。虎舞は、灯々島の挑発にまんまと乗せられてしまっている。前回初めて対峙した時も、灯々島は紬希の感情を逆撫でするような文句を吐いて煽り、戦闘になってしまったことを思い出した僕は、咄嗟に声を上げた。
「虎舞駄目だ! あいつの言葉に耳を貸すなっ!」
しかし、次の瞬間――
「この野郎ぉおおおおおおぉっ!!」
突然、木陰から飛び出してきたチヨベが、武装兵の一人に飛び掛かった。不意を突かれた兵士は咄嗟にライフルを構えようとするも、チヨベの振り下ろす拳に弾き落されてしまい、次に頭部を殴られて気絶してしまう。
「おい小娘! 何ボケっと突っ立ってんだ! 俺の作った『春夏』を使えっ!」
虎舞はハッとして、磔にされた紬希の腰に目を向ける。紬希の腰には、ここに来る前、オリザが護身用として渡してくれた妖刀「春夏」が携えられていた。
虎舞は咄嗟に紬希の所へ歩み寄り、太刀を鞘から引き抜く。スラリと伸びた鋼の刃は、白銀の艶をその身に纏い、夕日を受けて赤く照り輝いていた。
虎舞は抜き身の刃を手に取ると、紬希の手に食い込んだ釘を切り落としてやる。
「――っ……ありがとう」
「お礼はいいから手伝って。アンタの力も必要になるから」
虎舞はそう言って、再び敵の方へ踵を返す。すると、兵士の一人を殴り倒したチヨベが、指をポキポキ鳴らしながら、虎舞の隣にやって来た。
「おい小娘、やることは分かってんな?」
「ええ。――私のトラに怪我を負わせた奴らを、全員まとめて叩きのめす」
チヨベの作った妖刀「春夏」を片手に、虎舞は怒りに燃える目を相手へ向け、恐れることも忘れて、武装兵たちの取り囲む輪の中へ、じりじりと歩み寄っていった。




