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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第6章 つままれ騒動
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6月4日(火)⑦ 意外な真実

  イナリは暫くの間、弟子であるミヤナの身を案じて涙を流していたが、僕らに慰められるうち、徐々に元気を取り戻していった。そうして、いつもの調子に戻った彼女は、自分の愛弟子であったミヤナのことについて、多くの思い出を僕らに語って聞かせてくれた。


 最初は嫌がるように僕らの元から離れ、話に耳を傾けるだけだったチヨベも、やがては僕らの話の輪に加わり、言葉を交わすようになっていた。


「ミヤナは父親に似たのか、チヨベに負けんくらい面倒な奴でのう。おまけにやたらと力任せで、加減というものをまるで分かっとらんかった。彼奴あやつのためにわらわが苦労して鎧と妖刀を二振りもこしらえてやったというのに、彼奴はまるで玩具みたいにそれを扱うものじゃから、見てるだけで危なっかしくて仕方なかったわ」


「あぁ? あの『春夏しゅんか』と『秋冬しゅうとう』は俺が丹精込めて打った傑作だ! テメェ一人で作ったみたいに言うんじゃねぇ」


「何を言うか、あの妖刀には妾が千年かけて会得した『風の霊を呼び出す術』を使って刃に風の霊力を丹念に編み込んだ、妾の自信作なんじゃぞ!」


「違う、俺が作った!」「妾じゃ!」


 言い争う二人の間でパチパチと火花が散る。とうとう怒りを抑えられなくなったチヨベがイナリに手を出そうと飛びかかったが、イナリはひょいと身をかわして避けると、そのままふわりと高く飛び上がってチヨベの頭を蹴り上げ、反対側へと回り込む。


「いてっ! こ、こんにゃろう!」

「ほれほれ、妾はここじゃぞ」

「待ちやがれっ!」


 チヨベはイナリを捕まえようと追いかけ回すが、ちょこまかと社の周りを駆け回る小さな老婆を目で追うのがやっとのようだ。


 なかなか捕まえられずに四苦八苦するチヨベに向かって「ほれ、何処に目を付けておる?」「まだまだじゃな、ノロマめ」とイナリがののしり言葉を飛ばして追撃する。


 ……凄い。とても三千年の時を生きた長老とは思えぬ暴れっぷりである。いくらやんちゃ盛りの子どもでも、あんな身軽な動き方はできないだろう。


「イナリさんって、本当に三千年も生きていたんですか?」


 僕はつい好奇心に釣られて疑問を口にしてしまう。女性に向かって軽々しく年齢を尋ねてしまったのは失礼だっただろうか?


 けれどもイナリは、捕まえようと躍起になるチヨベの手をするりとい潜りながら「いかにも、その通りじゃ」と簡単に答えを返してきた。


「ちなみに、我ら獣人じゅうじん種族は平均年齢が七百才前後と言われておる。ほれ、チヨベ。お主ももうすぐ五百歳の祝祭日が近いのではなかったかのう?」


「ご、五百歳⁉︎」


 僕は驚きのあまり、思わず声を上げてしまう。


「バカ野郎、俺はまだ四百五十の途中だってんだ! 一気に五十も老けさせるんじゃねぇっ!」


 すると、逃げるイナリを追っかけ回していたチヨベが苛立ち気にそう叫ぶ。


「ほらな。妾の村に住んでおる者たちも、大抵は二、三百歳を超えておる奴がほとんどじゃ。幼少期は大体七、八十くらいまで、青年期が百から二百五十くらいまで、というところじゃな」


 これには紬希や虎舞も驚きを隠せなかった。普段からポーカーフェイスの紬希さえ、目をパチクリさせてしまっている。


「いやいやいや、桁が一個多いわよ! 何みんな普通に長生きしてんの⁉︎ アンタら全員神様か何かなの?」


「違う、獣人じゅうじんじゃ。特に妾のような妖術や呪術の扱いに長けた者は、その秘める力の大きさで寿命が更に伸びていく。妾たちの居るこの世界では、これが普通なのじゃよ」


 そう言って、イナリは「ほっほっほ」と声高らかに笑った。


 僕らにとっては、百年生きるだけでも果てしなく長い時間を過ごしているように感じられる。けれど「獣人じゅうじん」と呼ばれる、獣の耳を頭から生やした彼らは、例え百年生きたとしても十年経ったようにしか感じられないという。


 その感覚で考えれば、獣人から見た人間は、せいぜい生きても十年以下……僕らは犬や猫と同じくらいしか生きれないということになってしまう。


 僕たちの前で未だに追いかけっこを繰り広げている無邪気な二人が、何だか人ならざる者に思えてきて萎縮してしまう。……いや、実際に彼らは人ではないのだけれど……


 ただ、それだけの長い時間をこんな田舎でずっと過ごしていて、退屈しないのだろうか? ふとそんな疑問が湧き上がる。


 けれど、目の前で追いかけっこするチヨベやイナリ、それに笑顔を絶やさないオリザさんや村の人々を見ていれば分かるけれど、誰一人として、今の生活に不満を持っている者は居なかったし、退屈そうに暇を持て余している者も居ない。


 この村に居る者は皆、「今」を生きることに一生懸命だった。その日一日を生きるための食べ物を得るために汗水垂らして働き、獲得した食材で夜をしのぎ、次の日もまた働きに出かける。


 そんな原始的な生活を続ける彼らにとって、一日一日が大変で、けれどとても充実していて、きっと退屈するどころではないのだろう。そうして日々の仕事に打ち込んで懸命に生きていれば、百年や二百年なんて、案外あっという間に過ぎ去ってゆくのかもしれない。


 それでも平均寿命が七百年というのは流石に長過ぎるとは思うのだけれど、そこはもう感覚の問題なのだろう。僕らには到底理解できない、彼らなりの時間の過ごし方みたいなものがあるのかもしれない。



 ちょこまか逃げ回るイナリを追いかけ回して疲れ果ててしまったのか、ぜぇぜぇと息を切らさして膝を突いてしまうチヨベ。そこへ、すかさずイナリがひょいと彼の丸まった背中に飛び乗り、僕らの前で仰々しくこうべを垂れて見せた。まるで暴れ牛を鎮めた闘牛士が、観客に向けてそうするように。僕は思わず拍手を返してしまいそうになった。


「……で、お主らが妾に聞きたい事はもっと他にもあるのじゃろう? 何でも申してみるがよい」


 すると、頭を上げたイナリが唐突にそう言葉を切り出してきたので、僕らは一瞬(ほう)けてしまう。


 他に聞きたい事といえば……と、僕はここへ来た目的をもう一度思い出してみる。


 そしてはたと手を打った。――そうだ、僕らはまだ重要な事をイナリに尋ねていなかったではないか。


「イナリさん、私たちはどうしてこの世界に転移されてしまったのですか?」


 紬希が代表して、僕らの抱えていた疑問をイナリへ投げる。


 するとイナリは、「ふむふむ、それなんじゃがの」と言って、四つん這いになりバテてしまっているチヨベを尻に敷き、両脚を組んで考える素振りをしてみせる。


「転移するとは言っても、何もない場所からいきなりお主らがここへ飛ばされた訳でもあるまい。何か転移するきっかけとなったもの――言わば、お主らを元の世界からこの世界へと繋いだ『媒体』があるはずじゃ」


 そう言われて、僕らは互いに顔を見合わせる。それから紬希がこくりと頷いて、彼女はズボンのポケットから、あの緑色に光る石を取り出して見せた。


 イナリは紬希の手の中にある石をまじまじと見つめると、丸い眉をしかめて言葉を漏らす。


「ふむ、やはり転送石てんそうせきの仕業じゃったか……」

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