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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第2章 たった一つの命を捨てて
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4月20日(土) 初めての成果

挿絵(By みてみん)

<TMO-1017>







4月20日(土) 天気…晴れ



 土曜日、休日だけれど特に何もやることのなかった僕は、興味本位で少し離れた市立図書館まで足を運び、そこで調べものをすることにした。


 調べる内容はひとつ、紬希の特殊な体質である「不死身」の力についてのことだ。


 実際には図書館に行かずとも、スマホを使ってネット上を少し散策するだけで、過去の言い伝えや神話、伝説の中に「不死」や「不死身」の事例は数多く見つかった。人魚の肉を食べるだとか、「竹取物語」に出てくる不老不死の薬などが良い例と言えるだろう。


 さらには、実際に起きた歴史の中でも、体をどれだけ傷付けても死なない人物は存在していて、写真や文献もしっかりと残されている。


 それに、糸のような繊維状のものが体から吹き出るという病気も実際に存在していて、日本では「綿ふき病」という病名まで付いているらしい。


 だけど、体から白い糸が出て傷口を縫合してしまうなんて現象は、どのサイトやどの文献を調べても載っていなかった。


 もし彼女の特殊な体質が何らかの病気のせいであるのなら、直す方法を見つけられるかもしれない。そうも思ったのだけれど、いくら関連文書を片っ端から引っ張り出して読みあさったところで、結局は全て徒労に終わってしまった。


 ……もはや、あれは本物の超能力であると認めざるを得ないのだろうか。


 僕はたくさんの本が積み重なった机の上にうつ伏せ、久々に活字本を読みまくって疲れた目を手で押さえた。そもそも、例え世界中の文献を全て調べて過去に前例がないと分かったとしても、実際にこの目で見てしまったものは否定のしようがないではないか。


 誰も居ない図書館の自習スペースの片隅で、僕は一人問答に疲れ、大きな溜め息を吐いていた。



 こうして、結局何の発見もできないまま僕は図書館を出て一人帰路に着く。


 そして道を歩いていると、偶然にも――と言うより不運にも、同じ時間帯に外を出歩いていた紬希とばったり出くわしてしまった。


 彼女居るところに面倒事あり。まるで疫病神みたいだと僕は思った。目が合ってしまったからには無視する訳にもいかず、とりあえず軽く挨拶を交わして、何をしていたのか尋ねてみる。


 すると彼女は「市内の巡回」とだけ答えた。きっと一昨日前に自分勝手な動機によって設立させてしまった放課後秘密連合団の活動の一環なのだろう。休日にもかかわらず学校の制服姿で課外活動にはげむ彼女に、「お勤めご苦労様です」と敬礼してやりたくなった。


 帰り道が同じなので、仕方なく紬希と二人並んで、人通りの多い街中のアーケードを歩く。街路がいろに沿って半円アーチ状に伸びるガラス張りの天井から、群青色に染まった空が垣間見えていた。陽が傾くにつれ、商店街も煌びやかな雰囲気を増し、徐々に夜の賑わいを見せ始めてゆく。


 一方向に流れてゆく雑踏の中に紛れるようにして歩いていると、紬希がふと立ち止まった。


「……どうかしたの?」


 その場でじっとしたまま動かない紬希を見て不思議に思った僕は、彼女がある一点を見詰めていることに気付く。


 その目線の先には、アーケードの中央に長椅子がいくつも並べられていて、そのうちの一脚に、ウサギの縫いぐるみを抱いた少女が一人、ぽつりと取り残されたように座っていた。その少女は縫いぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、声も立てずにしくしく泣いてしまっている。


 周りにいる誰もが一人泣き続ける少女にちらと目線を向けるものの、時間に追われている彼らは彼女に声をかけることもなく足早に通り過ぎてゆく。


 そんな中、紬希だけは雑踏の流れに逆らってまで泣いている少女に歩み寄り、優しく肩を叩いて「どうしたの?」と声をかけていた。


「……ウサギさん、怪我しちゃったの」


 少女は涙に濡れた顔を上げると、抱きかかえていたウサギの縫いぐるみを僕らに見せて、そう言った。その縫いぐるみの顔は大きく斜めに破れ、中の綿が外に飛び出してしまっていた。どうやら持って歩いていた時、何処かに引っ掛けてしまったようだ。


「ちょっと貸してもらえる?」


 紬希はその痛々しい縫いぐるみを手に取ると、破れ目の隅にそっと人差し指を添えた。


 途端に、不思議なことが起こった。彼女の指先から白い糸がするすると伸びて、破れた部分を繋ぎ合わせてゆくのである。飛び出した綿も全て巻き込むように糸をめぐらせ、ぐいぐいと内側へ押し込みながら縫合してゆく。その様子を側から見ていた少女は驚きのあまり泣くことも忘れ、目を丸くして相方の傷が治されてゆくのを見守り続けていた。


「……はい、できた。これからもこの子を大切にしてあげてね」


「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん」


 渡された縫いぐるみを少し怪訝な表情をして受け取る少女だったが、破れたところが綺麗に縫い合わされて直っているのを見ると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせ、お礼を言って走り去っていった。


 僕はふと、彼女の異能力を近くで見ていても、ほとんど動じなくなった自分が居ることに驚いた。慣れというものは本当に恐ろしい。どんなに超常的な現象を前にしても、何度も見るうちに意識が薄れて鈍感になってしまう。この分だと、彼女が能力を使う姿を当たり前のように感じてしまう日も、そう遠くはないのかもしれない。


 ――でも、今回分かったことが一つある。彼女の体から生成される糸は、自分の傷を抱合させるだけでなく、触れた相手の傷すらも縫合してしまうということ。糸が指を伝って縫いぐるみの傷口に侵入し、ひとりでに縫い付けられていく様子を、僕はこの目でしっかりと見た。でも実際に、あれが生身の人間にも通用するのかと聞かれると怪しいところなのだが……


 走って遠退いてゆく少女の背中が完全に見えなくなってから、紬希は「――任務完了」と素っ気なく呟いて立ち上がった。


「はい?」


連合団ユナイターズ設立後、初の事件解決」


 少し自慢げにそう言って胸を張ってみせる紬希。どうやら彼女の感覚では、少女の持っていた縫いぐるみを直したという些細な出来事でも、立派な一つの事件として扱われてしまうらしい。


 ……でも、いつも出かける際はクマの縫いぐるみ「クマッパチ」を持ち歩き、それをまるで一人の人間のように見立てて会話を交わしていた紬希。彼女にとって、少女の持っていたウサギの縫いぐるみを直した功績は、一人の人間を救ったのと同じくらい価値があったのかもしれない。

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