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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第5章 異世界転移された?
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6月2日(日)⑨ 不満たらたらな宿主

「――いやはや、あの執念深いウチコワシを退治できたのは、全てあんたたちのおかげだ。この村の者皆に変わって、礼を言うよ」


 駆けつけていた村人の中で、最も年老いた男が、頭から生える羊らしき曲がった角を通すように穴の開けられた麦わら帽を頭から外して、僕らの前でこうべを垂れた。


「それにしても、あんたたちは皆揃って見かけん顔だな。それに背格好もワシらとは随分と違っておる。街の方から来たのかね?」


 そう問いかけられて、僕らは何と答えて良いのか分からず、全員揃って口をつぐんでしまう。……が、そこへ紬希が一言。


「私たちは美斗世市という街から来ました」


「ちょ、アンタが喋ると話が余計にややこしくなるから黙ってて!」


 虎舞からいきなり両手で口を塞がれ、紬希がもごもご言い淀んでいる中、羊頭の老人は顎をしゃくりながら首を傾げた。


「はて、ミトセシ? 誰か、そんな街の名前を聞いたことあるかね?」


 老人は周りに問い掛けてみるが、誰もが皆揃って首を横に振った。誰も美兎世市の名前を知らない。その事実は、ここが異世界であることをさらに明白なものにさせた。


「はん! どこから来たのか知らねぇが、余所者がこんな辺鄙へんぴなとこにのうのうと来るもんじゃねぇぜ!」


 そう叫んだのは、くわを肩に担いで戻ってきたチヨベだった。


「やいテメェら、俺の田を荒らした罪がこれでチャラになったとか思ってねぇだろうな? テメェらが俺の田で好き勝手水遊びやってくれたおかげで、折角植えた俺のヨネの三分の一がパァになっちまったんだ。この分はしっかり弁償してもらうからな!」


 チヨベは相変わらず憤りを隠せない厳しい物言いで、僕らに向かってまくし立ててくる。


「おいチヨベ、そうカッカせずとも良いだろう。……ところで、あんたたちは今日泊まる宿はあるのかね?」


 羊の老人にそう問い掛けられて、僕は正直に「いいえ」と答えて首を横に振った。


「そうか、ならばちょうど良いではないか。おいチヨベ、この方たちをお前んとこの家に寄せておやり」


 そう言われたチヨベは、途端に目を丸くして「俺が?」と自分を指差し、「こいつらを?」と、次に僕らの方を指差した。


「――はぁ⁉︎ 俺がこいつらの面倒見ろってのか! ふざけんじゃねえ! 俺はこんな奴らを絶対に俺の家なんかに泊めないからな!」


「そうは言っても、どっちみち今日はもう遅い。彼らにヨネを植え直させるのなら、明日からの方が良かろう。それに、お前のところの田を直させるのなら、お前が責任を持って彼らを世話してやるのが妥当だと思うのだが?」


 羊男にそう言いくるめられてしまい、言い返そうにも言い返せぬまま、とうとうチヨベは折れたように叫んだ。


「ああもうわーったよ! 俺が面倒見りゃ良いんだろ、畜生めっ! おいガキ共、さっさと俺のトラクターの荷台に乗りやがれっ!」


 乱暴な口調で命令されて、僕らは渋々トラクターの荷台に乗り込む。


「お世話になります」


 そう言って、律儀にペコリとお辞儀する紬希。


「ふん、こんなうるさい奴のお世話にならなきゃいけないなんて、こっちから願い下げなんだから……」


 紬希の隣に居た虎舞も、ぶつぶつと不満を漏らしながらも、仕方無しにトラクターの荷台へ乗り込むのだった。



 僕らを乗せたトラクターは、白い蒸気を上げながら轍の道を通って川沿いをノロノロと進んでいった。少し前にチヨベが全速力を出し過ぎたせいか、トラクターは蒸気の出が悪く、いくらアクセルペダルを踏み込んでも、息切れを起こして咳込むような音を上げるだけで、全然スピードが上がらない。そのせいで、チヨベは終始イラつきながらハンドルを握っていた。


 谷間を流れる細い川を中心に広がる棚田には、所々に風車が建っており、風の力で地下水を汲み上げて水田に通しているようだった。そうして地下から汲み上げた水を水田に満たし、それから川に流しているらしい。おかげで、この谷間は絶えず風と水の音が止むことはなかった。


 ただ、少し気になったのは棚田のあちこちに建てられた風車の外見だった。風を捉えて回る羽の部分には、何やら呪文のようなものが記されたお札があちこちに貼られている。


「何よあのお札。気持ち悪っ……」


 虎舞が風車の羽一面にべたべたと貼られているお札を見て気味悪がっていると、「何言ってんだオメェはよ」とチヨベが呆れた声でそう言い、あのお札の意味について説明し始めた。


「あれは俺たちの村のおさイナリ様が貼ってくださった風集めのまじないだよ。あれのおかげでこの村には絶えず風が吹いて、風車を回して地下水が汲み上げられて、俺たちの田もいつも潤してくれてんだ」


 そう説明されて、僕はさっきからこの村界隈に絶えず吹いている風が、一向に止まないことに気付く。


 どうやらこの世界には、気候すらも操ってしまえる「まじない」というものが存在しているらしい。呪いとか魔法とか、そんなものは虚構であるファンタジーの世界にしか存在しないはずなのだけれど、ここが僕らの住んでいた世界とは異なる異世界であるというのなら、魔法の類の力が存在していてもおかしくない。


 それに第一、僕らは元居た世界でも、実際に魔法使いと知り合っていた。その魔法使いは、常に「銃」に化けた小さな悪魔を手元に従え、悪魔との契約により魔法を駆使する力を授けられた「悪魔使い」の青年だった。彼のおかげで、僕らは実際に魔法が自分たちの世界にも存在することを知ったのだ。


 だから、既に一度魔法というものをこの目で見ていたこともあってか、僕と紬希はチヨベから呪いのおかげだと言われてもすんなり信じることができたし、彼の言葉を疑うようなこともしなかった。


 けれどもただ一人、まじないのことを話して聞かせるチヨベに対し、胡散臭い目を向けている虎舞だけは除くのだが……



 チヨベの話によれば、どうやらこのイナリの村には村長が居るらしく、その村長の名前がそのまま村の名前になっているようだ。そして、そのイナリという人物が、呪いをかけることのできる力を持つ、言わば魔法使いのような存在であるらしい。……いや、魔法使いというより、お札を使っているから、ひょっとしたら陰陽師おんみょうじのような人物なのかもしれない。


 そんな考え事に耽っていると、後ろに居た紬希から唐突に背中をつつかれ、僕はふと我に帰る。


「……ねぇ凪咲君、気付いてる? ここの田んぼ、おかしい。さっき私たちがウチコワシと戦った所の田んぼは、すっかりが実って黄金こがね色に色付いていた。なのにここ一帯は、まだ実ってもいない葉だけのものばかり」


 紬希からそう言われて周りを見てみると、確かにここはさっきまで居た所とは違い、辺りの田は何処も青々とした葉の稲ばかりで、まだ背もそんなに高くない。……それによくよく考えてみれば、僕らがこの世界へ飛ばされた際に落ちてしまったチヨベの田には、まだ田植えしたばかりの小さな苗しかうわっていなかったではないか。


「田植えと収穫の時期が、場所によって異なってるんだ……」


 僕らの居た元の世界であれば、多少日にズレはあるけれど、基本季節に合わせて田植えを行い、毎年決まった時期に収穫を行う。だから、当然どの田も成長速度は大体同じになるはずである。だから夏になれば一面青々とした稲穂の光景が広がるし、秋になればそれが黄金こがね色へと変わってゆく様子を、一年通して見ることができる。


 けれどこの世界では、そもそも季節という概念が存在しないのか、ある所の田は田植えしたばかりの小さな穂が水面から頭を覗かせているだけの状態であったり、またある所の田は既に稲刈りを待つばかりにまで豊満に実って色付いていたりと、田によって成長する過程がてんでバラバラなのである。


 そのせいで、遠くから棚田を眺めると、青い田と黄金色の田、水が張られた田とそうでない田が混在して、まるで棚田全体がモザイクのように色鮮やかに映っているのだった。

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