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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 虎の如く駆けろ
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6月1日(土)③ 虎舞、秘密基地へ

 虎舞は、幽霊の矢宵から受け取った紙ナプキンで涙を拭いては四回も鼻を噛み、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。


「……ねぇ、私のトラは無事なんでしょ? 何処にいるの? 会わせてよ」


 気持ちを鎮めた彼女は、改めて僕らにトラへの面会を申し出た。三日前、愛猫が大怪我した姿を見てしまい、あれからずっと、体育祭を終えた後もトラのことが心配で仕方がなかったのだろう。


「あの猫なら、私たちの秘密基地で保護しているわ」


「秘密基地? 何よそれ?」


 虎舞は紬希の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げる。


「私たちの新しい秘密基地、『ユナイターズ・カフェ』。人間や能力者を問わず、誰でも立ち寄ることのできる秘密の場所なの。丁度この近くにあるから、歓迎するわ」


「はぁ? カフェ? 喫茶店がこんな森の中のどこにあるって言うの? ねぇ凪咲、一体どういうことなのか教えてよ」


「……それは、まぁ行ってみれば分かるよ」


 紬希の言葉の意味が全く理解できずに疑問を投げてくる虎舞に対し、僕は少し勿体ぶったような言い方でそう答えてみる。百聞は一見にしかず――話して聞かせるより見せたほうが早いと思った僕は、早速虎舞を秘密基地へと案内してやった。



「――ちょっと……ウソでしょ……これ、ホントに地面の下なの? すご……マジで井戸の下に喫茶店作っちゃったわけ? アンタたち頭おかしいわよ」


 最初、この秘密基地の入口がある古井戸の下に案内しようとした時には、ひたすら首を横に振って入るのを拒んでいた虎舞。


 しかし、嫌がる彼女を井戸の底まで連れ込んで入口の扉を開けてみると、あら不思議。それまで薄暗かった井戸の底からガラリと一変し、暖かな照明に照らされた、落ち着きのあるカフェの店内が開けて、虎舞は目をぱちくりさせていた。まるで、扉の奥が別の空間とつながっているような、そんな不思議な錯覚に陥っているのだろう。


「ってか、いつの間にこんな場所を作ってたの? ついこの前までは、あの港近くにあった廃倉庫に集まっていたはずでしょ? この前、久々にあそこに行ってみたら、影も形も残ってなくてびっくりしたんだけど」


 そう言われて、この基地ができる前、小兎姫さんが身を隠すために使っていた古い廃倉庫のことを思い出す。


 僕らが「時雨組」と呼ばれるヤクザ一味と遭遇したあの日、組の頭らしき男である「Mr.マグネルック」こと真玖目まくめ銀磁ぎんじの手によって、たった一晩のうちに破壊されてしまった哀れな建物だ。おそらく虎舞が訪ねたのは、それらの瓦礫が全て撤去された後だったのだろう。


「それが……とある理由であの廃倉庫は使えなくなったから、月歩さんが新しくこの洞窟を見つけてくれたんだ。最初はここも薄暗くてじめじめした居心地の悪い場所だったんだけれど、月歩さんが内装を綺麗に取り繕ってくれて、今じゃこんな風に様変わりしたんだ。多分、内装作業には一ヶ月もかからなかったんじゃないかな?」


 僕がそう答えると、虎舞は訝しげに眉をひそめる。


「こんな場所をたったの一ヶ月もかからずに作り上げたっていうの!? そんな短期間でここまで綺麗に仕上げられる訳ないでしょ」


「本当だよ。月歩さんの仕事の速さをあなどっちゃいけない」


「ふん、どうせ改装会社の人にでも手伝ってもらったんでしょ?」


おおやけの会社に頼んだら、秘密基地にした意味が無いだろう? 僕らだけが知っているからこその秘密基地なんだから」


 僕がそこまで言った時、丁度キッチンの方から、私服姿の小兎姫さん本人が登場する。


「あら、夏江ちゃんいらっしゃい! 昨日の体育祭はお疲れ様。最終種目の対抗リレーでの走りは素晴らしかったわ。私の愛を込めた贈り物のおかげね」


「あっ、このウサギコスプレ女! よくもあんな恥ずかしいカチューシャを贈ってくれたわね!」


 虚舞は現れた小兎姫さんにビシッと人差し指を突き立てて声を上げた。虎舞の猫耳を隠すために小兎姫さんが贈ってくれたプレゼント。なかなか上手いアイデアだとは思ったが、贈られた本人はあまりお気に召さなかったようだ。


「でも、これで当分の間はあの髪留めさえ付けて居れば、周囲から猫耳を隠すことができるはずよ」


「あんなの頭に付けて毎日学校通えっての? 恥ずかしくって私が死んじゃうわよ!」


 確かに、あんな遊び心に溢れた髪留めは、体育祭などのイベントであれば付けていても平気かもしれないが、流石に何でもない普通の日にあれを付けていくのは、少し目立ちが過ぎてしまうかもしれない。


「――じゃあもういっそのこと、猫になっちまったらどうだ?」


 すると、唐突にカウンターの奥から現れた黒猫のチッピが、そう言いながらカウンターテーブルの上にぴょんと飛び乗った。


「猫として生きるのも悪くないかもしれねぇぜ。……ま、俺には人間の生き方が分からねぇから、どっちが良いって言える立場じゃねぇけどな」


 すまし顔でそう語るチッピ。一方、その背後では、虎舞が素早い動きでチッピに歩み寄ると、テーブルの上に居た彼を思いきり抱き上げて、胸の内へと引き寄せた。


「おい! 何しやがるっ!」


「ふぅん……アンタそれ私を慰めるつもりで言ったのかしら? 確かに猫として暮らすのも悪くないかもしれないけど、あいにく私は人間なの。人間が猫の真似してたら、それ単なるアタマおかしい人になっちゃうでしょうがっ!」


「そんなの知ったことかよ! ってか、勝手に俺の体に触るんじゃねぇ! おい聞いてんのか? 頭を撫でるな、尻尾をつかむなっての!」


 久々に相まみえた黒猫チッピを前に、虎舞は早速彼の綺麗な毛並みをモフモフし始める。この一人と一匹のコンビも、初めて会った時と同じく、互いにじゃれつき合う仲であるところは相変わらずであるようだった。

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