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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 虎の如く駆けろ
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6月1日(土)② 見えない思いやり

挿絵(By みてみん)

<TMO-1159>







 学校の裏山にある神社の境内に、三人の人影が並んでいた。何もできずに立ちすくむ僕と、膝を突いて静かに泣き続ける虎舞。そして、彼女の肩を持つ紬希。


 僕たち三人は、重い沈黙の中、途方に暮れてしまっていた。


 虎舞と、彼女の両親。元々両者の間に刻まれていた亀裂は、今回の一件で、更に大きく広がってしまったようだった。帰るべき家を失った彼女は、既にもう、一人ぼっちになってしまっていたのだ。


 ――けれど、紬希からの証言を聞いて、一つ分かったことがある。


 それは、父親からどんなに酷く殴られても、すどんなに酷く叱られても、彼女は決してやり返さなかったこと。今の虎舞は、常人の何倍ものパワーを秘めている能力者だ。ついさっき拳を地面に打ち付けた衝撃で、彼女の周りの地面は、まるでクレーターのように深くえぐれてしまっていた。これほどまでの力を父親の前で暴走させしまえば、おそらく大怪我どころでは済まなかっただろう。


 父親に対して激情を露わにしている虎舞だけれど、怒りで完全に我を忘れてしまっている訳ではないようだ。少なくとも、自分の両親へ暴力を振り返すような真似をしないくらいには、理性が残っている。その点だけは安心できた。



 ――と、この時、僕はふと誰か人の気配に気付いて、前方に視線を投げた。


 しかし、そこには、誰も居ない。――けれど、確実に誰かが居た。


 その証拠に、誰も居ないはずの場所に、とある物が、まるで見えない糸で吊ったかのように、ふわふわと宙を漂っていたのだ。


 それは、よく喫茶店やレストランのテーブルの上で見かける、紙ナプキンを詰めた小さな入れ物だった。その入れ物が、宙に浮かんだままゆらゆらと、こちらに近付いて来るのである。


 超常現象を目にした僕は一瞬驚くが、すぐに誰の仕業なのかを悟った。その証拠に、紬希が僕の方を見て静かに頷いている。……間違いない、きっとあの子だ。


 押し黙ったままの僕らの様子に疑問を抱いたのか、涙でくしゃくしゃになった顔を上げた虎舞は、目の前で紙ナプキンの束が浮いているのを見て「ひっ!」と声を上げた。


「な、何よこれ⁉︎ 何で物が宙に浮いて――」


 僕は、目の前で起きている怪奇現象に混乱してしまっている虎舞に、冷静になるよう言い聞かせる。


「虎舞、落ち着いて聞いてくれ。……信じられないかもしれないけど、今、君の前には一人の子どもの霊が立っているんだ。僕らの目には見えないけれど、確実に、今君の目の前に八歳くらいの子どもが立っている。『矢宵』ちゃんって名前の、小さな女の子だ」


 そう説明するも、虎舞は訳が分からないというように頭を抱え、物が独りでに宙に浮いている事実を否定するように頭を左右に振り続けていた。


 ……が、やがてその紙ナプキンの入れ物が自分の前で静止したまま動かないのを見て、彼女は目を丸くしたまま矢宵の立っているであろう方をじっと見つめる。


「『これ、あげるから、泣かないで』――って、矢宵ちゃんがあなたに向かって言ってる」


 紬希が幽霊である彼女の言葉を代弁する。


 見えない少女が持っているせいで、宙に浮いたように見えてしまう紙ナプキン入れは、きっと秘密基地である「ユナイターズ・カフェ」のテーブルに置かれていた物を拝借してきたのだろう。


「久々に外に出て遊んでいたら、神社の方から泣き声が聞こえて、心配して見に来てくれたって。でも、最初は泣いている虎舞さんに近寄るのが怖くて、遠くから見ていることしかできなかった。でも、ずっと泣かせておくわけにもいかないと思って、こうしてあなたの前に立ってるの――って、矢宵ちゃんは言ってる」


 唯一、幽霊である矢宵と対話することのできる紬希が、目に見えない少女の意図を汲み取って、そう説明した。


 虎舞の前に差し出されたその紙ナプキンの入れ物は、宙に浮いたまま小刻みに震えていた。きっと矢宵は、人前に出るのがとても怖くて、それでも勇気を振り絞って、虎舞の前に出てきたのだろう。以前、僕らと初遭遇した時も、シャイで怖がりであるゆえに力を暴走させてしまい、小さな騒動を起こしてしまった。そんな彼女にとって、初対面である虎舞の前に立つことは、相当な覚悟が必要だったはずだ。


 しかし、そんな怖がりな少女の中にも、絶対に譲れないものがあった。虎舞の泣いている姿を、ただはたから見ているだけでは駄目、私が慰めてあげないと。……そう決断する何かしらの強い想いが、矢宵の中にあったのだろう。


 虎舞は暫くの間、目の前に立つ見えない少女に向かって畏怖の眼差しを向けていた。……が、やがて、紬希に向かって静かに尋ねる。


「……本当に、私の前に立っているの? その女の子」


「ええ、立ってる。普段人見知りな彼女が、こうして自ら人前に出て来るなんて、よほどのことがない限りないはずよ。……それだけ、あなたのことが心配だったのね」


 紬希の返答に、矢宵の必死な想いを感じ取ったのか、虎舞はやがて、全身の力を抜くように深い溜め息を吐いて、口を開いた。


「はぁ……全くアンタたちって、超能力者だったり幽霊だったり、ほんとに何でも有りなのね」


 そして彼女は呆れたように首を左右に振り、宙に浮いている紙ナプキンの入れ物を、両手でそっと受け取った。


「ありがとう。……アンタ、オバケのくせして意外と優しいのね。……ごめんなさい。小さい子の居る前で年甲斐も無く泣きじゃくっちゃって。ほんと、格好付かないよね、私……」


 虎舞はそう言って涙を拭うと、赤く腫れ上がった目元を緩ませ、見えない矢宵に向かって優しく微笑んでみせた。


「私も泣き虫だから、お互い様」と、傍に立っていた紬希が虎舞の言葉に呼応するようにして答えた。


「……それはこの子が言ってるの?」


 虎舞の問いかけに、紬希は黙ったまま小さく頷く。


「……ふん、でしょうね。アンタが泣いたところなんて一度も見たことないもん」


 虎舞は顔色一つ変えない紬希の表情を見てそう言い、そして笑った。


 虎舞の表情に、笑顔が戻った瞬間だった。

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