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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第2章 たった一つの命を捨てて
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4月18日(木) 能力がある≠ヒーローになれる

挿絵(By みてみん)

<TMO-1015>







4月18日(木) 天気…曇り



 朝、起きてみると、昨日より一段と体が重くなっているように感じた。どうやら僕ら高校生は、一度学校を休んでしまうと、その次の日には休みたい気持ちがさらに倍増してしまう生き物であるらしい。


 このままずるずると尾を引いて休み続けることもできたのだけれど、その分僕の平穏な日常がどんどん遠退いていくような気がして、やっぱり登校しようと思い直し、渋々ベッドから脚を下ろした。


 ――でも、よくよく考えてみれば、あいつと出会ってしまった瞬間から、もう僕の歩むべき平穏な日常なんてとっくに崩れ去っていたのかもしれない。



 僕は重い脚を引きずって、学校までの長い道のりを歩く。教室前までやって来て一呼吸置き、紬希に目を付けられないことを祈りながら扉に手をかける。


 やはり彼女は来ていた。僕にとって悩みの種である紬希は、いつもの日常に紛れるようにして、教室の後ろの席にちょこんと頬杖をついて座っていた。


 僕は頬杖している彼女の手首をチラと見やる。やはり昨日僕の前で刻み付けたリストカットの傷痕も、まるで嘘みたいに肌の上から綺麗さっぱり消えてなくなってしまっていた。あんなに白くて綺麗な腕を見ていると、過去に起きた出来事が本当に現実だったのか、段々と自分の中で区別がつかなくなってくる。目の前にいる彼女が果たして人間なのか化け物なのか、それすらも……


 教室に入る際、紬希に話しかけられないよう心の中で祈っていたものの、彼女は僕が教室に入る姿を見て、すっと立ち上り僕の席へやって来た。思わず逃げ出したい気持ちがつのり、脚が震える。僕の机の前に立った紬希は、冷や汗を垂らして椅子の上で縮こまっている僕を見下ろし、それからこう言葉を切り出した。


「ねぇ、この前見せた私の力……誰かのために役立てられないかな?」


「……はい?」


 開口一番放たれた言葉に、僕は思わず素っ頓狂(とんきょうな声を上げる。


「誰にも備わっていない特別な力を持つ人が、困った人を助けたり、町や世界の平和を守ったりする人の話、よく聞くでしょ」


「……それって、もしかしてアニメや漫画で言うヒーローやヒロインのこと?」


「そうそれ。あんなふうに、私もこの町にいる困った人たちを守ったり、助けたりしてみたいの」


 ――これまでもそうだったけれど、毎回紬希の放つ言葉は、いつも僕の想像の遥か斜め上をゆく。


 自分の持っている力を役立てたい? 困った人を助けたいだって? 


 どうやらこの不思議ちゃんは、自分が不死身であるという特異な体質を、選ばれし者にしか与えられない能力か何かだと思っているらしい。しかもその能力を使って、他人のために尽くしたいと言い張っているのである。彼女はアニメや漫画に出てくるようなキラキラとした正義のヒロインを気取りたいのだろうか?


 いや……彼女の場合、そんなエゴな理由からではなく、ただ単純に自分の力を他人のために使いたいという純粋な人助けの思いから来ているのだろうと思うのだが。


 ……でも正直、もうその力にはあまり関わらないでほしいと僕は思った。別に放っておいても、見ている限り彼女の健康面での問題は無さそうだし、何かしら怪我をした時でない限り、あの力は発動しないようだ。


 だから、もう妙な真似をしないで、大人しく普通の女子高生として過ごしていれば、少しはまともな高校生活を送ることができる。紬希にはそういう無難な日常を送ってほしかった。ましてや自分の体を自ら傷付けるなんて無茶な行為は、二度としてほしくなかった。


「……あのさ、紬希。何を考えてるのかは知らないけど、取りあえず、昨日みたいに軽々しく人前でリストカットするのだけはやめてくれ。あんなところを他の人に見られたら、どうするつもりだったんだよ」


 狼狽ろうばいしながらもどうにかそう言葉を伝えると、紬希は小さく頷いて答えた。


「うん、確かに、いきなりあんなの見せられて驚いたよね。次から気を付ける。ごめんなさい」


 紬希があの時、何の躊躇ためらいもなく僕の前でリストカットを披露してしまったものだから、てっきり僕は彼女が自傷行為を他人前ひとまえでやって見せることくらい何とも思わない、デリカシーの欠片もないような無神経なやつだと思っていた。


 でも、実際には他人を怖がらせている自覚はあったようで、今回僕に注意されて、彼女は自分に非があったことを素直に認め、僕に向かってこうべを垂れて謝った。


 ――でも、謝ってはくれても、きっと彼女はこの先また同じことをやらかしてしまうのだろうな……


 そんな確信が、どうしても僕の中でぬぐえなかった。

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