5月31日(金)③ 体育祭を終えて
――虎舞は、その身で切ったゴールテープを腰に引っ掛けたまま、トラック上で仰向けに倒れて放心していた。
真上から差す太陽の光が眩しくて、虎舞は思わず目元を手で覆う。
そして、次にその手が外された時、彼女の針のように細い瞳は、元の丸い形に戻っていた。
スタート時に転倒した時と同じく、まだ頭の中に耳鳴りが残っていたが、耳鳴りが止むと、今度は大歓声の波が押し寄せてきた。
起き上がると、グラウンドに居る全員が、虎舞に向かって大きな拍手を送っていた。虎舞と共に走っていたライバルの選手たちは、わずか一瞬の間に抜かれてしまったことを信じられず、ぽかんとしたまま虎舞を見て突っ立ってしまっている。観客席や応援テントに居た生徒やその家族たちも、何か信じられないものを見たような表情で、虎舞を見ていた。
でも、転んででも諦めずに立ち上がり、怒涛の追い上げで順位をひっくり返し、見事一位の座を我がものとした彼女の奮闘を、讃えない者は居なかった。
僕らも、虎舞に向かって大きな拍手を送る。周りからの歓声に包まれる中、虎舞はようやく自分が一位になったことを実感したのか、顔に笑顔が戻り、皆に向かって大きく手を振っていた。
――そして、虎舞の勝ち取ったこの勝利が決定打となり、赤組が見事優勝に輝いたことを、閉会式の結果発表で知らされたのだった。
○
応援テントに戻ってきた虎舞に、僕らは祝いの言葉を贈ろうと、彼女の側に駆け寄る。転倒してしまった虎舞は、全身泥だらけで、顔まで砂にまみれ、あられもない姿になってしまっていた。
「やったね虎舞! あの状況から一位を取り返すなんて、神業としか思えないよ」
「う、うっさい。……あんなの、ちょっと本気出しただけで、そこまで全力じゃなかったんだから」
虎舞は照れ臭そうに顔を俯けながら、僕らに言葉を突っ返す。
「おめでとう虎舞さん。あなたなら、絶対一位になれると思ってた」
「ちょっ……誰よこの色白オバケっ⁉︎」
虎舞は白粉姿の紬希を見て驚く。紬希は障害物競走を終えてからというもの、ずっと小麦粉まみれな顔のままで応援していた。僕が顔を洗いに行けと言っても、「この次リレーがあるから、虎舞さんを応援しなきゃ」と、顔を洗う間も惜しんで応援に専念していたからだ。これも、紬希の持つ能力の一つなのかもしれないが、彼女は自分が本当にやりたいことをやる時になると、周りの目を気にすることなく没頭することができるのだ。
「全く、そんな汚い顔してよく平気で居られるわね」
「……いや、虎舞のその顔も全然負けてないと思うけど」
僕は苦笑いしながら、顔も体も砂土まみれでドロドロな彼女に言葉を返した。
こうしてこの後、二人は即行で水場に向かい、顔の汚れを汗と共に綺麗に洗い流したのだった。




