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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 虎の如く駆けろ
156/190

5月31日(金)① 体育祭

挿絵(By みてみん)

<TMO-1155>







5月31日(金) 天気…晴れ



 待ちに待った体育祭当日。ここ数日ずっと雲行きの怪しい天気が続いていたけれど、今日はまるで体育祭本番に合わせたかのように、雲一つない快晴の日和となった。


 グラウンドに赤、青、黄、緑の鉢巻きを付けた生徒たちが整列する。僕らの高校の体育祭では、クラスごとに四色のチームで分かれ、団を結成して互いに得点を競い合う。毎年白熱した生徒たちの戦いが見られるということで、地元からも人気を博し、沢山の見物客が訪れる一大イベントだ。ちなみに、僕らのクラスである一年B組は、赤組に配属されている。


 荘厳な雰囲気の中で開会宣言がなされ、始まりの合図である数発の爆竹が青空へ向けて放たれた。観客や保護者からの声援が贈られる中、生徒たちは各学年やグループに分かれて各々競技の準備を始める。


 僕らのクラスが出場するイベントは、ほぼ午後からのプログラムに組まれていた。そのため、出番が来るまでは他クラスの応援に回ることになる。僕は午前中の競技内容を確認してから、応援テントに足を運ぼうとした。


 すると、目の前に見慣れた女子の背中が目に付いて立ち止まる。


「あれ? 虎舞?」


「なっ! なな、凪咲っ⁉︎」


 いきなり背後から呼びかけられた虎舞は、ビクッと肩を震わせて振り返る。そして僕と目が合った途端、彼女は頰を紅潮させてわなわなと震えた。


 何をそんなに恥ずかしがっているのかと思い、よく見てみると、虎舞の頭上――ポニーテールに結わえた髪の上に、幅のあるチェック柄の大きなカチューシャが付けられていた。


 僕はそれを見た瞬間、あれが小兎姫さんが虎舞へ贈った「()()()()()()」なのだと理解した。小兎姫さんの手作りなのか、そのカチューシャには「ファイト!」と文字の形に切り抜かれた黄色のフェルト生地が全面に渡って手縫いで縫い付けられていた。こんな遊び心のある手の凝った品を作るのは、小兎姫さん以外に考えられない。


「あ、あの、違う、違うの! これは別に私が好きで付けてるわけじゃなくて、紬希に無理矢理付けられたの! だ、だから、断じてウチが好きで付けてるわけじゃなくて……」


 苦い表情をして必死に言い訳を捻り出そうとする虎舞に対して、僕は「まぁまぁ」と落ち着かせる。


「よく似合ってると思うよ。それのおかげで、頭の猫耳も隠せてるしさ」


「べべ、別に似合ってなんか……あぁもうからかわないでよ!」


 虎舞は顔を真っ赤にして怒り、プイとそっぽを向いてしまう。僕の中では、素直に一目見た感想を口にしただけだったのだけれど……


 とにかく、小兎姫さんから贈られたこの大きなカチューシャを付けているおかげで、虎舞の頭から生えた猫耳は上手く隠すことができていた。巨大なカチューシャの上からは赤い鉢巻きが固く結ばれ、激しい運動をしても外れないようにしっかりと固定されている。これなら、外れる心配もないだろう。


 ……けれども、色鮮やかな髪留めが逆に周囲の目を引いてしまい、彼女一人だけ、違う意味で目立ってしまっていた。髪飾りや髪留めを付けている女子は他にも数多く居たけれど、これほどまでに大きな髪留めを付けているのは、虎舞一人だけだ。


 自分だけが目立ってしまっているせいで、恥ずかしそうにもじもじしている虎舞。彼女からすれば、今すぐにでも外してしまいたいのだろうけれど、頭の猫耳を隠すためにも、こうして付けて居ざるを得ないのだろう。


「本当に、とっても良く似合ってるわ。素敵」


 すると、気配を全く示さずに何処からともなく現れた体操服姿の紬希が、僕らの会話に割り込んできた。


「月歩さんも『超カワイイ』って言ってたよ」


「えっ? 月歩さんもここに来てるの?」


 驚く僕らの前で、「うん、ほら、あそこで観戦してる」と紬希は校舎の方を指差す。


 指で示された先、誰も居ないはずの校舎の屋上に、一人だけ佇む女性の姿があった。金網の柵に体を持たれているその女性は、その色っぽいシルエットから見て間違い無く小兎姫さんで、その証拠に、きちんと顔には例の傷付きウサギの仮面が付けられていた。彼女も僕らの存在に気付いたようで、楽し気にこちらに向かってひらひらと手を振っている。


「くぅ〜〜っ……あのクソウサギぃ………」


 高見の見物をする小兎姫さんを見て、親指の爪を噛みながら嘆く虎舞。そんな彼女を横目に、僕は紬希に向かって、体育祭で出場するイベントはあるのかどうか聞いてみた。


「午後から、障害物競走に出る」


「えっ、障害物⁉︎ そんな競技の選手に選ばれてたのか?」


 初耳だぞ! と驚く僕に対して、紬希は「自分の能力を試すのに絶好の訓練ができると思ったから」と、また訳の分からないことを言い出したので、そこは適当に聞き流しておいた。


「……じゃあ、取り敢えず僕らは応援テントに戻ってるよ。――虎舞、同じ赤組として、ここは互いに協力していこう。最後の色別対抗リレー、頑張って」


 僕は別れ際にそう虎舞に声をかける。


「ふん、何よ他人事だと思って。――見てなさい、絶対一番になってやるんだから」


 虎舞は苛立ち気にそう答えたが、その語気には、溢れんばかりのやる気と自信が感じられた。

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