表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 虎の如く駆けろ
154/190

5月30日(木)④ 化け猫でもいい

 木から落ちて少しの間、虎舞は自分の身に何が起きたのか分からず、しばらくの間ぼうっと放心したまま、針のように細い瞳で僕らを見つめていた。しかし、木から落ちる醜態を皆に見られてしまったことに気付いた彼女は、頭に生やした耳をぴくぴくさせ、顔を真っ赤に染め上げて飛び起きる。


「おい虎舞っ!」


 僕が呼び掛けても虎舞は耳を貸さず、腰を落として両手の爪を立て、鋭い牙を剥き出して「フーッ!」と威嚇の声を上げた。こちらが下手に動けば、今にも飛び掛かって来そうな勢いだ。


 僕ら連合団(ユナイターズ)と虎舞の間で緊迫した睨み合いが続く中、紬希が彼女に向かって口を開く。


「虎舞さん聞いて。……あなたの探していた猫はまだ生きてる。今は私たちが安全な場所に保護しているわ。だから、安心して」


 すると、それまで生成なまなりの面のように怒っていた虎舞の表情がフッと緩む。


「……トラは、無事なの?」


 そして、鋭い牙の剥き出した彼女の口元から、弱々しい声が漏れた。


「ええ。でも、酷く衰弱しているせいで、今は深く眠ってるわ。いつ目覚めるのかは、まだ分からない」


 紬希の言葉を聞いて安堵したのか、それまで鬼のような形相を見せていた虎舞は、まるで操り糸を切った人形のように脱力してその場に崩れ落ちた。昨日から混乱したまま一晩中森の中を当ても無く彷徨い続けていたせいで、かなり疲労困憊しているのが、彼女の表情からも見て取れた。


「もう、訳分かんない……何なのこの耳! それに尻尾! どうして夜になっても真昼みたいに明るく見えるの⁉︎ 何でこんなに体が軽いの⁉︎ 少し叩いただけで物を壊しちゃうこの力は一体何なのよっ‼︎」


 虎舞は側に立っていた木の幹に向かって、力任せに拳を叩き付けた。途端にその幹はミシリと音を立てて縦に割れ、周囲には木片が弾け飛ぶ。


「もうイヤ……こんな格好、誰かに見られでもしたらどうすればいいの? もう家にも帰れないし、学校にも行けやしないじゃない……」


 虎舞は項垂れたまま、声を詰まらせて目元から大粒の涙をこぼしていた。


 自分が能力者であることをあっさりと認め、暗黙のまま受け入れてしまった紬希とは異なり、虎舞は自分が異能力者であったことに酷くショックを受けていた。本来なら、普通の人間が得体の知れない力を突然発言させれば、彼女のように拒絶の反応を見せるのが正解だろう。以前、灯々島芳火と戦った際、天登が能力を覚醒させた時だって、彼は今の虎舞と同じ反応を示していた。


「イヤだ……嫌だ嫌だ嫌だっ‼︎ 私は……私はアンタたちみたいな化け物なんかになりたくないっ!」


 虎舞は座り込んだまま頭を抱え、叫び声を上げた。彼女の叫びを聞いた僕は、己の内から湧き出る熱い感情を抑え留めるように、ぐっと拳を強く握り締める。


 ――確かに、虎舞がそう叫びたくなる気持ちは痛いほどによく分かった。なぜなら、僕だって過去に一度、紬希に対して同じような感情を抱いたことがあったから。



 ……でも、だからこそ、僕は彼女に、一言言ってやらないことには気が済まなかった。


「なぁ虎舞……一つだけ、言ってもいいか?」


 僕は、目の前で沈み込んでいる虎舞に向かって言う。躊躇ためらい無く、迷いも無く。


「……確かに、僕の周りに居る彼らは――小兎姫さんも、空越君も、そして紬希も、僕ら普通の人間から見れば化け物だよ。体も心も弱い僕たちは、その弱さ故に秀でた才能や力を持つ者を恐れて嫌い、突き放してしまうんだ。僕だって最初、紬希の能力を目の当たりにした時、あいつは人間じゃないって思った。……凄く怖かったんだ。気持ち悪い、僕に近寄らないでほしいとさえ思ったこともあったよ」


 こんなことを話している僕の後ろで、紬希がどんな顔をしているのかは分からない。けど、それでも僕は自分の心の内全てをここで打ち明けようと決めていた。


 ――なぜなら、僕が過去に抱いていたそれらの偏見は間違いであることに気付いたから。そして今、虎舞が囚われてしまっている能力者たちへの誤解と偏見も、解いてやりたかったから。


「……でも、そんな紬希の結成した『放課後秘密(シークレット)連合団(・ユナイターズ)』の中では、能力を持つ持たないに関わらず、関わっている全ての人が平等だったんだ。……最初、紬希に無理やり連合団の一員にされて、何の能力も持たない自分が、彼らの中で上手くやっていけるかどうか心配でたまらなかったよ。でも彼らは、何もできずに足手まといにしかならない僕を、絶対に見捨たりはしなかったし、時には悩みも聞いてくれたし、問題を解決しようと共に奮闘してくれた。僕ら連合団(ユナイターズ)の中に、仲間外れになった奴なんか一人もいない。……いや、そんなことはまず、団長である紬希が絶対に許さない。――そうだろ?」


 僕は踵を返し、背後に居た紬希と顔を合わせた。彼女の真っすぐな蒼い視線が僕に向けられている。その表情は、いつも通りの無表情だったけれど、その目は真剣で、僕に向かって大きく頷きを返してくれた。


「ええ。私たち連合団(ユナイターズ)は、相手がどんな能力を持っていようと持っていまいと、決して壁なんか作らない。だからみんな、あなたを『化け物』だなんて言わないし、そんなこと言う人は私が許さない。……だから、怖がらないで信じてほしいの。私たちのこと――」


 紬希の言葉が、果たして虎舞の心に響いたかどうかは分からない。けれど、少なくとも今の彼女は、もうさっきのようなギラギラとした獣の目はしていなかったし、彼女が涙を流した後には、少しはかなげで、でも、どこか吹っ切れたような気怠い表情を浮かべて、僕らをの方を見つめていた。


「……ふん、分かったわよ。どっちにしろ、今はアンタたちに頼るしかなさそうだし……」


 その言葉を聞いて僕はホッとして胸を撫で下ろした。――と同時に、ついさっき自分の放った言葉を思い返して少し恥ずかしくなってしまい、指で目横を掻きながら、付け足すように言う。


「……あのさ、何の能力も持たない僕が言うのも変だけどさ。……虎舞ならきっと大丈夫だと思うよ。なんだかんだ言いながらも、君は僕らと普通に友達として接してくれたし。それに、たくさんの猫に好かれるだけの優しさもあるし、自分の言いたいことを包み隠さず相手に話せる強さもあるしさ」


 そう言われた虎舞は、ぽっと頬を赤くして、照れた顔を隠すようにうつむく。


「べっ、別にあれはアンタたちのために優しくしていた訳じゃないし……」


 むすっとした顔で突っぱねる彼女は、もういつも通りの虎舞だった。


「……と、とにかく、今はこの猫耳と尻尾どうにかしないと、明日は体育祭もあるのよ。こんなデカい耳と尻尾生やしてたら絶対に目立つし、怪しまれるじゃない」


 そう言って、自分の頭から生えた猫の耳を邪魔臭そうに弄る虎舞。すると、隣で話を聞いていた小兎姫さんが何か思いついたらしく、パチンと指を鳴らした。


「尻尾はズボンに隠せるとして、耳を隠す方法なら、良いアイテムが一つあるわよ」


 虎舞はすぐさま「何よ、そのアイテムって?」と聞き返す。すると小兎姫さんはくすくす笑いながら「今は手元に無いから、後で持って行ってあげるわ。楽しみにしててね」と答えた。


 小兎姫さんの言う「良いアイテム」というのが少し気になったけれど、次の日に虎舞がそれを身に付けて来るはずだろうから、その時に分かるだろうと思って、あえて聞かなかった。今日はもう遅いし、明日には高校生活初めての体育祭が控えている。虎舞も早く家に帰って体を休めた方が良いだろう。


 しかし、ここで虎舞が突然、首を横に振って声を上げた。


「――イヤ。私、あの家にはもう帰らない」


「は?」


 まるで反抗期の子どものような言葉を放つ彼女の前で、僕らはまた困惑してしまう。


「自分の家に帰りたくないのか? どうしてだよ?」


「訳は聞かないで。とにかく、今日は私、あの家には絶対帰らないから」


 頑なにそう言い張る虎舞。そういえば、今日学校が終わって虎舞の家に立ち寄り、彼女の両親と面会したけれど、母親は自分の娘が家に帰らないような日なんてよくある事だと言って、大して気にも留めていなかった。そして父親は、まるで一昔前の漫画によく登場するようなカミナリ親父で、何でもかんでも竹刀を振り回して解決しそうな怖い人だったことを思い返す。


 両親のことを考えると、なるほど、確かに彼女が家に帰ることを嫌がる気持ちも理解できた。あんな怖いカミナリ父親が待つ家に帰るのは、虎舞にとって自殺行為に等しいだろう。何時間も説教された挙句、竹刀でシバかれたりしてはたまったものではない。


 そんな虎舞は、僕たちに駄々をこねながらも、つい大人気なく自分勝手なこと口走ってしまった自分を恥じたのか、不機嫌な顔のまま首をすくめ、小声でぼそぼそとつぶやく。


「……だから、誰でもいいから、私を泊めてほしいんだけど」


 身寄りが無く、「誰か私を拾ってください」とでも言わんばかりの目でこちらを見てくる虎舞を前に、さてどうしたものかと頭を抱えていると――


「なら、私の家に来る?」


 まるで示し合わせたかのように紬希が名乗り出てきたものだから、僕は耳を疑った。


 「ちょっと待てよ」と僕は思わず声を上げる。紬希は、虎舞の両親の前で娘を探し出すと約束し、虎舞を家へ連れ帰るために、僕ら連合団を出張でばらせてまで大捜索を行なっていたはず。なのに、そこまでしてようやく見つかった虎舞を、両親の待つ家に帰さず自分の家にかくまおうとするなんて、話が違っているではないか。


 僕は虎舞を両親の元へ連れて帰るべきだと主張したが、それでも紬希は首を横に振る。


「両親の心配する気持ちも分かるけれど、家に帰りたくないって言う虎舞さんの気持ちも、尊重してあげたいの。――彼女の両親のところへは、明日私が一緒に行って、許してもらえないかどうか掛け合ってみる。だって、今回虎舞さんが家に戻れなかったのは、彼女の責任じゃないから。それなのに、家に帰って説教されるのはおかしいと思うの」


 勝手な自論を押し通されて、僕は反論することもできなかった。これまで両親への約束を果たすために連合団一丸となって探していたというのに、どうして今更、我らが団長は虎舞の気持ちを優先させてしまうのだろう。僕は紬希の見えない思惑に混乱する。それに、明日紬希が虎舞と一緒に両親の元へ行ったところで、単に怒られる人数が一人増えるだけのような気もするのだけれど……


 身近で困っている人を放っておけない。そんな彼女の律儀過ぎる性格と常人を逸した思考回路に、僕たち放課後秘密(シークレット)連合団(・ユナイターズ)は、相変わらず振り回されてばかりいるように思えて仕方がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ