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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第4章 虎の如く駆けろ
151/190

5月30日(木)① 消えた猫は何処へ

挿絵(By みてみん)

<TMO-1150>







5月30日(木) 天気…曇り



 次の日、放課後になってから、僕と紬希は体育祭の準備で喧騒としているグラウンドに足を運んだ。周囲で応援テントの据え付けなどが行われている中、トラックの中では、本番前最後の練習を行おうと、徒競走や色別対抗リレーの選手たちが集まっていた。


 ――しかし、その集団の中に虎舞の姿は見当たらない。


 僕らは職員室に行き、虎舞の居る一年E組のクラス担任を呼び出して、虎舞は今日学校に来ているのかどうかを尋ねた。すると案の定、彼女は今日一日学校へ来ていないという。


「私たち、虎舞さんの友達なので、自宅まで様子を見に行きます」


 すると、紬希が突然そう言葉を切り出し、虎舞の自宅の場所を教えてほしいと尋ねた。ハゲ頭の目立つ叔父さん教師は、面倒臭げにメモ用紙を取り出すと、虎舞の家の住所を書いて、「頼んだぞ」と、押し付けるように僕らにメモを渡した。



 そうして、住所を辿って行き着いたところは、天登の豪邸と肩を張り合うほどに広い敷地を持つ立派な御屋敷だった。


 漆喰しっくいで塗り固められた塀の上には、所々松の木が頭を覗かせ、さらにその奥に瓦屋根の建物が二棟、左右に並んで建っているのが見える。おそらく左側が住居なのだろうが、その隣に見えるお寺のような外見をした大きな建物は何なのだろう?


 へい沿いに歩いて行き、門前に辿り着いた僕らは、恐々とインターホンを鳴らす。マイクから女性の返事が聞こえたので、僕らが虎舞の友人であり、様子を見に来たことを伝えた。


「あぁ、はいはい。ちょっと待っててね〜」


 対応してくれた女性は、そう言い残してインターホンを切る。


 そして暫くすると、木製の重たげな門の扉が開き、ウェーブのかかった長い茶髪を揺らして、褐色肌をした背の高い女性が現れた。


 この人が、虎舞の母親であることはすぐに理解できた。その容姿を一目見た瞬間、まるで二十年後の虎舞の姿を見ているように錯覚してしまったからだ。


「あの……夏江さんは今、家にいらっしゃいますか?」


「あら、あなたたち、ナツの同級生のお友達? いつもあの子がお世話になってるわね。そっか、ナツにももうお友達ができてたのかぁ。……ねぇ、最近あの子、ちゃんと学校行ってるかしら? クラスで何か面倒事とか起こしてない? ナツはああ見えて、結構なトラブルメーカーなの。だから私たちもいっつも手を焼いちゃうのよねぇ……学校で何か問題起こされたら、責任取らされるのは私たちなんだから、本当に勘弁してほしいわ。どうしようもない子だけど、我慢して付き合ってあげて頂戴ね」


 僕が質問を一投げると、百の答えを投げ返してきそうな勢いでまくし立てられ、尋ねた僕の方は困ってしまう。どうやら虎舞の母親は、以前会った千柳さんや、天登の母親である由菜子さんのような静かでおしとやかなタイプではなく、多弁で威勢のある近所の叔母さんタイプの人間であるようだ。しかし、その容姿からして、この人を叔母さんと呼ぶにはあまりにも若過ぎるような気がした。


「夏江さんは、今家に居ますか?」


 すると、隣に立つ紬希が、僕の質問を復唱するようにそう問いかける。


「あ~それがねぇ、あの子ったら、昨日から家に戻って来てないのよ。まぁでも、あの子が一晩か二晩くらい帰らなかったことはこれまでにもよくあったことだから、こっちは全然気にしてないわ。どうせまたネットカフェにでも泊まり込んでるんでしょ」


 自分の子が一晩家に戻らなかったというのに、虎舞の母親は、まるでそれが自分の家庭では当たり前だと言わんばかりに軽々とした口調で答えてくるものだから、その図太い態度に、僕は少し抵抗を覚えてしまった。


 ――するとその時、広い敷地の右側に建てられたお寺のような建物の方から、唐突に野太い叫び声が飛んでくる。


「おいマヤっ! 夏江のバカが帰って来やがったのかぁっ⁉︎」


 声と共に板戸がガラッと勢い良く開かれ、中から恰幅かっぷくの良い一人の男が現れた。その人物は、剣道の道着の上から防具を身に付けたままという暑苦しい格好をして、左手には面を抱え、右手には竹刀を握り締めていた。その男は、無精髭を生やした顔を真っ赤に上気させて、腰に下げた重そうなたれをガチャガチャ言わせながらこちらに走ってくる。その姿はまるで怒り狂って突進してくる猪のようで、僕は思わず数歩退いてしまった。どうやら、あの人が虎舞の父親であるようだ。


 しかし、そんな父親の放つ鬼のような威圧感を前にしても、母親の方は動じることなく飄々《ひょうひょう》とした態度で言葉を返す。


「残念だけど違うよ〜。この子たちはナツのお友達だってさ。わざわざあの子の様子を見に来てくれたんだって」


 門前にやって来た父親は、落ち窪んだ目をギラリと光らせ、まるで品定めをするように顎の髭をしゃくりながら、僕と紬希を交互に睨み付けた。その鋭い視線が身体の中まで突き抜けていくように思えて、背筋に寒気が走る。


「……ふん、んだぁテメェら、揃いも揃ってチンケなつらしやがって。そんなんであのバカの相手が務まんのか? テメェらがホントに友達だってんならな、今夏江が何処に居るか答えてみろってんだ! あぁ?」


 このまま、もし僕が虎舞の居場所を答えれば、この父親は道着姿のままそこまで突撃していき、手に持った竹刀で彼女を殴り倒してしまうかもしれない。……と、本気で僕はそう思った。


 しかし、喧嘩腰にそう問い詰められ、答えあぐねている僕の隣で、紬希が毅然とした態度で答えた。


「昨日の夕方まで、彼女は私たちと一緒に居ました。でも、それから行方が分からなくなって、今日学校に行っても彼女は来ていませんでした。――ですが、安心してください。私たちが必ず見つけ出します」


「けっ! 何偉そうなこと抜かしてんだよ。お前らだけで何ができるってんだ!」


 鬼の形相をした父親の目線と、何処までも真っ直ぐな紬希の目線が交錯こうさくする。緊張した空気の中、両者の間で火花が散りかけた時、虎舞の母親が両者を引き離すように割って入った。


「はいはいそこまで! ほら、アンタも子ども相手にそんなアツくなってんじゃないよ。……ごめんねぇ、ウチの主人は凄く頭の沸点が低くてさ。ナツの帰りが遅くなっただけでもすぐこうなっちゃうの」


「お、おいマヤっ! いちいち余計なことまで奴らに吹き込んでんじゃねぇ! ……ったく、話の腰折りやがって。よしっ! テメェらがそこまで言うんだったらな、とっとと行って夏江のバカを探し出して、ここへしょっ引いて来やがれってんだ!」


 虎舞の父親は握っていた竹刀を振りかざし、僕らの前にその剣先を突き付けてそう叫ぶ。


 しかし、紬希は顔前に突き出された竹刀に視線を乱されることもなく、真っ直ぐ父親を見据えたまま、凛とした態度で答えた。


「私たちで見つけます。必ず」


 虎舞の父親は、微塵も動じる仕草を見せない紬希を見て、しばしの間、眉をゆがめて睨み付けていたが、やがて「ふんっ」とそっぽを向いて、大きなお寺のような建物の中へと戻っていった。道着姿で出てきたということは、あそこはおそらく道場なのかもしれない。まるで、本物の鬼が人間の皮を被ったような父親だった。


「ごめんねぇ、驚かせちゃって。……でもああ見えて、あの人もナツのことを酷く心配してるのよ。あなたたちも、もしあの子が何処かほっつき歩いてるのを見かけたら、『いい加減くよくよねてないで帰って来い!』って、伝えといてね」


 虎舞の母親はそう言ってひらひらと手を振り、門を閉じた。僕らは深く一礼してから、逃げるようにそそくさと門前から立ち退いた。



「……変わった両親だったね」


 帰り道、ふと僕がそう漏らすと、紬希はこくりと首を縦に振る。


「でも二人とも、虎舞さんのことを酷く心配してた。だから、絶対に探し出さなきゃ」


 紬希は歩くスピードを速め、制服のポケットから携帯を取り出す。


「探し出すって、一体どうやって?」


 そう尋ねる僕に、紬希はとある人物に電話をかけながら答えた。


「大丈夫、私たち放課後秘密連合団には、強力な助っ人がたくさん付いてるから」

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