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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第2章 たった一つの命を捨てて
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4月17日(水) 焼き付いた記憶

挿絵(By みてみん)

<TMO-1014 CP>


挿絵(By みてみん)

<TMO-1014>







4月17日(水) 天気…曇り



 今日、僕は勝手に学校を休んだ。


 別に学校に行くのが嫌だった訳じゃない。玄関の扉を開けると、カッターを手にした紬希が目の前に立っていそうで、怖かった。僕は暫くの間、玄関から一歩も動くことができなかった。


 とは言え、ずっと家に留まっていても、正午過ぎにパートから戻ってくる母親に咎められるだけだ。それが嫌だった僕は、十一時を過ぎてから渋々家を出た。


 高校生活始まってまだ間もないというのに、早々にずる休みを決め込んでしまった自分が情けなく思えてきて脱力する。でも高校生活なんて、所詮思うように上手くはいかないものなのだと自分に言い聞かせながら、昼前の曇り空の下をとぼとぼ歩いた。


 と、そこでふと思いつく。ひょっとしたら、以前会った虎舞という女子生徒が、また例の場所で猫と戯れているかもしれない。合宿に来なかったあの子なら、しょっちゅう学校もサボっていそうな気がして、僕は彼女と会えることを半ば期待しながら、近所の公園に足を運んでみた。


 けれども、公園に虎舞の姿はなかった。公園の隅に蹲っていた一匹の黒猫が頭を上げて、迷い込んで来た僕を、遠くの方からじっと見つめているだけだった。


 僕はベンチに座って、少し冷静になって考えてみる。でも、昨日の出来事がいくら夢であって欲しいと願ったところで、血まみれの腕を下げた紬希の非情な顔が許してくれなかった。


「……ちくしょう……何なんだよ、あいつ……」


 僕の目に決して消えることのないトラウマを刻み込んだクラスメイトに、僕は酷い恐怖と憤りを覚えて頭を抱えた。これから先、僕はどうやってあの子と接していけば良いのか、もうよく分からなくなってしまっていた。



「――アンタさぁ、いい加減起きたらどうなの?」


 パチン、と頭に衝撃が走り、僕は目覚める。目の前に、怒った表情を浮かべる制服姿の虎舞が立っていた。どうやら知らず知らずのうちにベンチに腰掛けたまま眠っていたらしく、もう日もすっかり傾いて夕方になってしまっていた。ベンチで一人眠りこけていた僕を、猫に餌をやりに来た虎舞が起こしてくれたらしい。


 何故だろう、以前初めて会った時に着ていた猫耳パーカーではなく、学校の制服姿でいる彼女に、凄く違和感を感じる。おそらく僕の中で、「猫耳パーカーの少女」というイメージが定着してしまっていたからだろう。


 重い頭を起こしてみると、体がすっかり冷え切ってしまっていることに気付く。あまりの寒さに震えが止まらなかった。


「はぁ……ほら、私のカイロ使いなよ。もうほとんど温かくないけど」


 震えている僕に、虎舞は使い捨てカイロを二個も放って寄こしてくれる。確かに大分時間が経った後で、温かさは殆ど抜けきっていた。でも、無いよりはマシだった。


「でも、四月になってカイロを二個も持ってるなんて……虎舞って、寒がりなの?」


「うっさい。たまたま二個持ってただけ」


 むすっとした顔でそう言いながら、首に巻いた茶色のマフラーに顔を埋める虎舞。何故か僕はその仕草を見て、炬燵の中で丸くなっている猫を自然と思い浮かべていた。


「それより、何時からここに居たのよ?」


「……正午前から」


「はぁ? アンタ今日一日学校サボってたの? 厳しい高校生活にもう音を上げたってわけ? ふん、だらしないわね」


 呆れ顔で首を振る虎舞に、僕は昨日遭遇した恐ろしい体験を話そうかと思った。でも、彼女に話したところで、絶対信じてもらえないだろう。だから、彼女には好き勝手に言わせるしかなかった。


 いつものように猫に餌やりを始めた虎舞だったが、何故か今日は、餌の入った皿に猫が一匹も寄り付いて来なかった。公園の入り口のところで、例の黒猫が一匹、怪訝そうな目でこちらを見ているだけだった。


「あ、またあいつが来てる……あの黒猫が現れると、他の猫たちはみんな怖がって逃げ出すの。夜な夜な猫たちが騒いでいるのも、きっと全部あいつのせいね」


 その黒猫は赤い首輪をしていた。誰かの飼い猫なのだろうか? にゃあと鳴きもせずに、ただ僕と虎舞をじっと睨んでいる。


「ちぇっ……何よ。あ〜あ、今日はもう退散よ退散! あの黒猫のせいで一匹も釣れやしないじゃない」


 虎舞は罰が悪そうに声を上げて餌の入った皿を回収し、渋々公園から引き上げていった。


 僕は遠くから見つめる黒猫とふと目が合った。気の強い虎舞でさえも無意識のうちに恐れさせるその異様な存在は、昨日ガード下で見た紬希の存在とぴったり重なった。


 ――ひょっとすると、あの猫も紬希同様、何か特別な力を持っているのかも……


 黒猫は、見つめ返す僕の視線から逃れるようにさっと身を(ひるがえして、何処かへ行ってしまった。


「……まさかね」


 そうつぶやいた僕は肩を落とし、誰もいなくなった公園をそそくさと後にした。

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