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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 ゴーストカプセル
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5月29日(水)① 迷走、傘の下

5月29日(水) 天気…雨



 昨日、矢宵の忘れ物を見つける唯一の手掛かりであった虎舞の祖母、凛子さんが既に亡くなっていたことを聞かされ、再び振り出しに戻されてしまった僕たち。


 あれから一晩明けて朝になっても、僕はずっと途方に暮れたまま家を出て、どんよりとした曇り空の下、通学鞄を背負って登校していた。学校に着く頃には冷たい雨が降り始め、校舎の玄関前まで来て、ふと自分が傘を忘れてしまっていたことに気付く。


 まだ六月にもなっていないのに、もう梅雨入りしたのだろうか? あまりに早過ぎる五月雨さみだれを前にして、僕は不満げに灰色の空を睨み付ける。


 すると、何だか空の色が今の自分の心情を映しているように思えてきて、情けなくなってしまった僕は、諦めるように踵を返して校舎の中へ引っ込んだ。



 午後になって、それまで小降りだった雨は勢いを増し、紬希と共に学校を出る頃には、シトシトと静かな雨音と冷えた空気が、下校する僕らの前に漂っていた。


「……傘、忘れたの?」


 青い傘を持った紬希が、僕の手元を見ながらそう尋ねてくる。僕は黙ったまま小さく頭を下げると、彼女は傘を差して入口前に立ち、こちらを振り返って言う。


「この傘大きいから、入っていいよ」


 朝からずっと気分が落ち込んだままで、とても相合傘をする気分になんてなれなかったのだけれど、このまま濡れて帰るのも嫌だった僕は、仕方なしに紬希の隣に駆け込む。


 誰もが皆自分の傘を差して帰る中、僕らだけ二人一つ傘の下。周囲の生徒たちからの痛い目線が背中に刺さり、後ろめたい気持ちを引きずる僕とは裏腹に、紬希は相変わらず周りの目など全く気にも留めていない様子で、悠々と歩いてグラウンドを抜け、校舎を後にした。


「……なぁ紬希、今日も秘密基地に行くんだろ?」


 僕がそう問い掛けると、彼女は「うん」と即答する。体が傘から出ないよう、早足で歩く紬希の隣で歩調を合わせながら歩くのはなかなか大変だった。


「あのさ……昨日のこと、矢宵に何て伝えればいいと思う? 僕、ずっとそのことで迷ってたんだよ」


 僕は、心の中にわだかったままのモヤモヤを、紬希の前で打ち明けた。


 一昨日前、矢宵が僕たちの前で話してくれた、無くしたペンダントの手掛かりを握る二人の証人のこと。そのうちの一人である虎舞の祖母の凛子さんは既にもう亡くなっており、残る一人である「ミヤナ」と呼ばれる人物も、今は何処に居るのか見当もつかない。ひょっとするとその人も、病気か老衰で既にこの世から去ってしまったのかもしれない。どちらにせよ、二人の行方を追えない可能性が濃厚になってしまった今、僕らは矢宵に合わせる顔がなかった。


「……そんなの決まってる」


 しかし、それでも紬希は抗うように答える。


「『心配しなくていい、必ずあなたの忘れ物を見つけ出す』って、あの子に伝える」


 彼女の言葉に、僕は悶々《もんもん》と募るばかりの苛立ちに歯噛みして、先急ぐ紬希の腕をつかんで引き留めると、口調を強くして言い放った。


「――あのな、お前には現実を見る目は無いのかよ。矢宵ちゃんに有りもしない期待を持たせておいて、後々になってから『はい残念でした』って打ち明けても、余計に彼女を悲しませるだけなんだぞ」


 そう言い聞かせながらぐいと詰め寄ると、紬希の顔が予想以上に近かったことに自分で驚き、慌てて距離を置く。傘からはみ出た左肩がぐっしょりと濡れて重かった。


「でも私は、絶対に諦めない。……諦めたくないの」


 紬希は、困った人を見捨てられない。例えその相手が幽霊であろうと何であろうと、見境無く救いの手を伸ばす。それが彼女――紬希恋白の持つ揺るぎない信念であり、彼女の率いている僕ら放課後秘密連合団の根底を支える理念でもあった。


 けれど、どんなに頑張ったって、全ての努力が報われるとは限らないことを、彼女はまだ知らない。打つ手が無い今、僕はその事を教えてやりたい気持ちで一杯だったが、一途な思いを持って事に当たる紬希を説得することも、止めることもできない。実際に今も、こうして彼女の傘の下にかくまわれ、彼女と歩みを共にすることに抗えない自分が、ほとほと情けなく思った。


 こうして、僕らは淡々と歩みを進め、秘密基地のある裏山に通じる校舎沿いの十字路に差し掛かった。


 その時――


 シュッ! と反対側の道角から突然黒い影が飛び出してきて、僕らの前を横切ろうとした。


「うわっ⁉︎」


「うぉわぁああああぁっ⁉︎」


 飛び出してきたその黒い小さな影は、僕らを見て大声を上げて飛び退いた。危うく蹴り飛ばしかけたその影は、雨に濡れた黒毛で覆われ、赤い首輪を付けた黒猫のチッピだった。


「……って、何だよお前たちか。ったく、驚かせやがって」


 チッピはお尻を後方に突き出して尻尾をピンと伸ばし、威嚇の構えを取っていたが、目の前に居たのが僕たちだと分かると、安堵して警戒体勢を解く。


「お久しぶり、チッピ。どうしたの? そんなに急いで」


 紬希がかくっと首を曲げてそう尋ねる。


 「だからチッピって呼ぶなっての! 誰かに聞かれたらどーすんだよ?」と怒りを露わにする黒猫。彼は自分のことを「チッピ」と呼ばれる姿を他人に見られたくないようだが、そんなこと以前に、今こうして僕らが猫と対話している様子を誰かに見られていないかが心配で、きょろきょろ辺りを伺いながら、僕はチッピに尋ねる。


「ひょっとしてチッピも秘密基地に向かっていたのか? ……にしてはやけに慌ててたみたいだし、それにその格好、ずぶ濡れじゃないか」


 僕の問い掛けに対し、チッピは「だからお前もそう呼ぶなって――」と言いかけて、ふと何かを思い出したように首を振る。


「って、それどころじゃねぇ。聞いてくれよ!」


 チッピは慌てた様子で、身体にまとわり付いた水滴を身震いして振り払いながら言った。


「少し前に、お前たちが初めて俺を見つけた公園があっただろ? 俺がついさっき偶然あそこを通りかかったら、突然何も無いところから緑色に光る渦みたいなのが現れて、まるで竜巻みたいに回転しながらデカくなっていくんだ」


 その言葉を聞いた僕と紬希は、ハッと息を呑んで互いに顔を見合わせた。


「緑色に光る渦?」


「ああ。まるで何百匹もの蛍が飛び交ってるみたいだったぜ」


 僕と紬希は、チッピの言う「緑色に光る渦」の様子を、鮮明に頭の中に思い浮かべることができた。何故なら、つい数日前にも僕らはチッピの目撃したものと全く同じ現象に、しかも同じ場所で遭遇していたからだ。


「俺は渦が巻く様子を遠くの方から見ていたんだが、渦は現れたと思った途端にしぼみ始めて、最後には呆気なく消えちまいやがったんだ。……で、それまで渦の巻いていた場所に行ってみたら、何が居たと思う?」


 僕は一瞬、脳裏にあのチャイナドレスを着た火を吹く戦闘狂少女を思い浮かべた。


「人だったのか?」


 僕は確信を持ってそう尋ねる。


 しかし、チッピの口から滑り出たのは、意外にも全く予想もしていなかった答えだった。


「いいや――ただの野良猫さ。トラ柄をした雌猫で、俺と同じ赤い首輪をはめてたぜ」

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