5月27日(月)② 往生できない理由
「――銀色のペンダント?」
僕は、紬希の口から伝えられた言葉を疑問形で復唱した。
「そう。矢宵ちゃんがずっと大切にしていた物で、両親の形見なんだって。亡くなる前まで肌身離さず身に付けていたのだけれど、死んでから長い眠りについてしまって、目覚めたら自分の遺体と共に消えていたらしいの。……だから、一緒に探してほしい。ペンダントを見つけてほしい」
「……それは、本人がそう言ってるのか?」
紬希は小さく頷く。最後の言葉は、紬希が僕らに依頼する形で付け足したのだろうと思ったが、矢宵本人が僕らに向かってそう懇願していたのだ。
「そのペンダントには、矢宵ちゃんの御両親の写真が納められているの。母親は矢宵ちゃんを産んだ時に亡くなって、父親は矢宵ちゃんの顔を見ることなく、徴兵されて戦争に行ってしまった。だから彼女は、自分の親の顔すらも覚えられなかった。……だから、常世へ行く前に自分の両親の顔を知っておきたい。そうすれば、彼方の世界に渡っても、きっと自分の本当の両親を見つけ出せるはずだって……矢宵ちゃんはそう信じているの」
僕は腕を組んだまま押し黙る。銀色のペンダント――矢宵が七十五年前に無くした落とし物であり、今は亡き彼女がこの世に残した最後の未練。そのペンダントが無ければ、彼女は満足に往生することすらできないという。
探してやりたい気持ちは募る一方だが、探そうにも、一体何処から当たっていけば良いのだろう? 矢宵は死ぬ間際までペンダントを首に掛けていたという。おそらく彼女が亡くなった際、誰かが彼女の亡骸と共に外へ運持ち出したのだろう。その後のペンダントの行方は、当時を生きていた者、それも彼女の亡骸を葬る際に関わった者にしか分からない。この時点で的が大きく絞られてしまうだろうし、しかも当時から七十五年も経っていることを考えると、この町の中から戦時中を生きていた者を探すだけでも一苦労であるはずだ。そんな状況で、今から半世紀以上も前の遺物を、一体どうやって探し出せというのだ? 僕は悔しさのあまりぎゅっと拳を握った。
「そんなこと、僕らにはとても――」
そう言いかけた僕の弱々しい答えを、紬希の強い言葉が押しのける。
「大丈夫、私たちが絶対に見つけ出す。忘れ物を見つけて、矢宵ちゃんか常世で家族と再会できるようにしてあげるから。だから、心配しないで」
紬希の放ったその言葉に、迷いや戸惑いは微塵も含まれず、彼女の何処までも真っ直ぐな目が、見えない少女の不安に揺れる心をしっかりとつかんでいた。
「私たち、放課後秘密連合団が、必ず見つけてみせるわ」
誰もが皆、口を揃えて不可能だと言い張る中でも、それが原因で困っている人が目の前に居るならば、誰が何と言おうと問答無用で不可能に体当たりしてゆく少女。それが、僕のクラスメイトであり、我らが連合団の団長である紬希恋白であったことを、僕は今更ながら再理解する。
「……で、でも一体どうやって探そうってのさ?」
部屋の隅に蹲っていた天登が、ひっそりとそう尋ねた。幽霊の少女から依頼を引き受けたは良いものの、今回の依頼で最大の難問である「探し方」に突き当たり、僕たちは頭を抱えてしまう。
「――探す手がかりなら、あるわ。彼女に聞いてみたらわかるはずよ」
そこへ、小兎姫さんがそう提案して、矢宵の座っているだろうソファーの前にかがみ込む。
「ねぇ矢宵ちゃん、あなたがまだ生きていた間に出会った人たちの中で、ペンダントのことを知っていた人はどれくらい居たのかしら?」
そして、しばしの沈黙が流れ――
「……『――ユキバアと、ミヤネエと、リンネエは、私の持ってるペンダントのことを知ってる』」
代役である紬希の口から、三人の人物の名前が挙がった。
「ユキ婆、ミヤ姉、リン姉……」
どうやら、知っている三人のうち一人はお婆さんで、もう二人はお姉さんであるらしい。
「じゃあ、ミヤ姉さんとリン姉さんは、歳はいくつだった?」
小兎姫さんがそう質問すると、紬希が矢宵の言葉を汲み取って答える。
「……『リン姉は中学三年生で、ミヤ姉は分からないけれど、リン姉と同じくらいだった』」
「中学三年生というと、当時十五歳……仮にまだ生きているとするなら、彼女たちは今九十歳になっているはずよ。でも、長寿である可能性も無きにしも非ずね。この二人なら、ペンダントの行方を知っているかもしれないわ」
小兎姫さんの推理に僕は眉を潜めた。九十歳……医療の発達している現代なら、九十代の年齢層も有り得なくもない。あくまで希望的観測ではあるけれど、今はとにかく情報が欲しい。
「……ミヤ姉とリン姉の正確な名前を教えてくれるかい?」
僕の質問に対して、矢宵の言葉を聞く紬希。
「『ミヤ姉はミヤナお姉ちゃんで、リン姉は――』……えっ?」
彼女はそこまで口にしたところで言葉を途切らせ、目を丸くする。
「……『コマイリンコお姉ちゃん』、って……」
その苗字を聞いた僕と紬希は、驚愕のあまり互いに顔を見合わせた。
「『コマイ』って、まさか――」




