5月26日(日)④ 幽霊との対話
<TMO-1142>
「あ〜! 僕のラジコンが壊れてるよぅ……」
部屋の片付けをしている中、空越少年は床の上にひっくり返ったラジコンカーを見て悲しい声を上げた。一騒ぎあって、散々荒らされてしまったユナイターズ・カフェの店内には、割れた食器や壊れた椅子の他に、ラジコンやゲーム機、それにVRゴーグルや小型ドローンなど、お店には置かれていないような玩具も転がっていた。これらは全て、僕らが以前買い物に出かけた時、紬希が空越少年のために買ってあげたものだった。唯一、部屋の隅に置かれていたテレビだけは買った覚えがなかったのだが、ゲーム機を繋げるためのテレビが基地に置いていなかったので、後に小兎姫さんが買い足してあげたものらしい。
空越少年はひっくり返ったラジコンカーを拾い上げてみるが、ボディはひび割れ、タイヤは外れ、アンテナやシャフトも折れて散々な姿になってしまっていた。
彼がしょんぼり落胆していると、突然部屋の周りにヒュッと風が吹き抜け、それまで床の上に散らかっていたガラクタが、瞬く間に消えた。そして、ズレたソファーや倒れた椅子、横になった棚などの重い家具も、突き抜ける風の流れと共に、まるでビデオを巻き戻すように、全て元の位置へと戻されてゆく。
そうして、次に突風が収まった時には、「はい、お掃除終了!」と、両手にゴミ袋を抱えたバニーガール姿の小兎姫さんが立っていた。彼女の持つ超高速移動能力は、こんな時にもその本領を発揮する。僅か数秒も経たない内に、部屋の中はほぼ元通りの外観に戻ってしまっていた。相変わらず露出度の高い刺激的なコスチュームを身に纏う彼女は、もはや服の上から付けるエプロン的な感覚でその衣装を脱ぎ着しているのではないかと疑ってしまう。
「ほら、そんな悲しい顔しないの。それに、あなたならそんなもの直すことくらい朝飯前でしょ、天才君?」
小兎姫さんがそう言って空越少年を慰める。少年は肩を落としつつも、彼女から元気をもらったのか「……うん、やってみる」と気を取り直したように答えた。
一方で、僕と紬希は、そこに居るはずであろう幽霊の少女と対面していた。実際に、目の前にあるのは一脚の椅子のみで、誰も座っていないその椅子に向かい、僕らが質問を投げていくという、何とも異様な光景がそこにはあった。
「――まず、あなたのお名前から教えて」
紬希がそう問い掛けた。――そして、暫しの沈黙。
「……そう、『ヤヨイ』ちゃん、ね。よろしく」
やがて、紬希はそう答え、誰も座っていない椅子に向かって、軽くお辞儀をする。もちろん、少女の言葉は僕の耳には届いていない。どうやら本当に紬希だけが、少女の言葉を拾うことができるようだ。
「あなたは何時からここに居たの?」
「…………」
「へぇ、そうなんだ。お父さんとお母さんは?」
「…………」
「そう……ずっと一人で、寂しかったよね」
「…………」
僕は、二人が一体どんな会話を交わしているのか気になって、ずっと脚をうずうずさせていた。少女がどんな子で、どんな表情をして、何を話しているのか。分からないのがもどかしくて、思わず紬希の方をちらと見る。しかし彼女も感情表現が希薄な故に、少女の話を聞いて驚愕や傷心の表情を見せることがないので、少女がどんな話をしているのか、推測することさえ困難だった。
「一つ質問させて。あなたが生まれたのはいつ?」
「…………」
「それは、本当?」
「…………」
「そうなの。目が覚めたら中の様子が一変してて、驚いたよね」
「…………」
「うん、いいよ。私たちはあなたを責めていないから」
こうした問答が十分ほど続き、やがて紬希は立ち上がって僕らの方に向き直る。
「……どうだった?」
「この子の名前は矢宵ちゃん。歳は八つで、生まれは東京なんだって。……でも、彼女の生まれた年なんだけど――」
「生まれた年?」
それがとうかしたのだろうと僕は疑問に思ったが、次に紬希が放った言葉に、基地に居る皆が衝撃を受けた。
「一九三八年、八月三日」
彼女の口から明かされたその西暦は、僕らの生きる時代より約半世紀以上も前を遡っていたのである。
「一九三八年って……昭和十三年っ⁉︎」
「そう。――そして、一九四五年八月二日に、彼女はこの場所で、命を落としたらしいの」
驚愕のあまり言葉を失う僕の隣で、冷静に話を聞いていた小兎姫さんが、ふと思い付いたように指を鳴らして言う。
「昭和二十年八月二日……確かその日って、かつてここ美斗世市に甚大な被害をもたらした、『美斗世大空襲』のあった日じゃなかったかしら?」
小兎姫さんの言葉に、「その通り」とでも言いたげに、紬希が大きく頷きを返した。




