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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 ゴーストカプセル
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5月26日(日)③ ポルターガイスト襲撃

 散々に荒らされた部屋の中を見て、僕と紬希は唖然とする。ここで目撃した一部始終は、どう考えても人間の為せる所業ではなかった。


「幽霊……いや、まさか新たな能力者の仕業か?――」


「凪咲君、伏せて!」


 唐突に紬希が叫んで僕を押し倒し、覆い被さるようにして床に伏せる。刹那、風を切る音が耳を駆け抜け、僕の頭上を何かが掠めた。飛んできたそれは壁にぶち当たり、蓋が外れて中に入っていた単三電池が弾け飛ぶ。


「て……テレビのリモコン?」


 まるでピッチングマシンから放たれた野球ボール並に加速したリモコンが、僕の眉間を打ち抜こうとしたところを、寸前で紬希に救われる。


「気をつけて。まだ来る」


 僕らは腰を低くして、床を這うように後退する。すると、そんな逃げる僕らを追い立てるように、それまで部屋の床に散らばっていた小物が次々と宙に浮かび上がり、こちらに向かって高速で飛んできた。手裏剣のように回転する漫画本や雑誌、サイドテーブルに置かれていた文房具挿しが倒れて、中に入っていた鉛筆やペンが銃弾のように降り注ぐ。陶器の花瓶や額縁も飛んでは壁に激突し、音を立てて粉々に砕け散った。更には部屋に置かれていたテーブルや椅子などの大型家具までもが宙を漂い始め、あんなものを身に受けたらひとたまりもないと、僕は慌てて駆け出した。


 しかし、僕を狙い撃つように死角から飛んできたお皿やガラスのコップが逃げる僕の足をすくい、つまずいて床に倒れてしまう。しまった! と思うが早いか、キッチンの方から飛んできた包丁やナイフが、倒れた僕を目掛けて投げ槍のごとく放たれていた。


「うわっ!」


 避けられない! 僕は思わずその場に伏せる。――が、寸前で紬希が手から糸を放ち、側に浮遊していた木製の本棚を絡めて引き寄せくれたおかげで、飛んできた刃物は全て棚の裏板に突き刺さった。


「紬希お姉ちゃん!」


 その時、心配になって基地に入ってきた空越少年が、倒れている僕らを見て駆け寄ろうとする。


「駄目! 来ないで!」


 紬希が警告するが既に遅く、宙に浮かんだ椅子の一脚が、空越目掛けて飛んでいく。


 しかしぶつかる寸前、ヒュッと風を切る音が抜けて空越少年の姿が消え、椅子はそのまま壁に激突。少年は月歩さんの腕に抱きかかえられ、壁の隅へと瞬時に移動させられていた。


 「この子は任せて」とこちらに向かって相槌を打つ月歩さん。


 どうにかここまでは強運で切り抜けたが、家具や食器など、基地にある物全てが宙高く舞い、いつ何処から何が飛んでくるか分からない。部屋にある物全てが動く凶器と化してしまった閉鎖空間の中で、僕らは絶体絶命の縁に立たされていた。


「落ち着いて! 私はあなたの敵なんかじゃない!」


 すると、唐突に紬希が立ち上がってそう叫び始める。この混乱の中、一体誰に向かって叫んでいるというのだ? 紬希は目を明後日の方へ向けて、家具がゆらゆらと舞う広間の中へ歩み出ようとする。そんな彼女を、僕は慌てて肩を掴んで引き留めた。


「何やってんだよ! 下手に動くと的になるぞ!」


「あの子、私たちに酷く怯えてるの。鎮めてあげなきゃ……」


 しかし紬希は、確信を持った目でそう言い、まるで己に課せられた使命を果たさんとばかりに僕の腕を振り払うと、家具の舞い踊る危険な空間の中へ飛び出した。


「お願い、話を聞いて!」


 姿をさらした紬希を目掛けて、次々と家具が飛んで来る。彼女は華麗なステップでそれら全てを回避したが、家具の死角から飛んできたお皿が白髪の頭に当たって砕け、額からつうと赤い血が流れた。それでも紬希は屈することなく両腕を広げて、見えない相手に向かって語りかける。


「……怖がらなくていい。私たちは何もしない。だから、あなたも気持ちを落ち着けて、一緒にお話しましょう」


 すると、一体何が起きたのか、それまで荒々しく宙を舞っていた家具や小物が、まるで徐々に落ち着きを取り戻すように動きが緩やかになり、やがて宙に浮かんだままぴたりと静止する。


 時間が止まったかと錯覚してしまう広間の中に、紬希が一人佇み、彼女は壁のある一点をじっと見つめていた。


「……紬希、まさか相手が見えるのか?」


 僕がそう尋ねると、紬希は首を横に振って答える。


「声がしたの。『来ないで、あっち行って』って。幼い小さな女の子の声。今も多分、彼女はそこの壁の隅で泣いてる。きっと天登君と同じようにシャイな子で、突然入って来た私たちが彼女を驚かせてしまったの。……ね、そうでしょ?」


 何もない壁に向かってそう問い掛ける紬希。すると、宙に浮かんだまま静止していた家具や小物全てが、彼女の言葉に呼応するように一斉に上下に揺れた。


「……マジかよ」


 深色は、どうやら幽霊との意思疎通に成功してしまったらしい。これにはシャーマンも目から鱗。紬希の交わす幽霊との見えざる会話を前に、僕は驚きのあまり言葉を失った。


「私、あなたのことをもっとよく知りたい。だから怖がらないで、話してくれる?」


 紬希の言葉に対して、見えない少女は肯定を示したのか、それまで宙に浮かんでいた物全てをゆっくりと床の上に下ろした。

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