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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 ゴーストカプセル
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5月26日(日)② 呪われた秘密基地

「声? 声って……今、基地には誰も居ないはずじゃ……」


 いつも基地に居るはずの小兎姫さんと空越少年はここに居て、器吹さんも仕事で外出中だと聞いていた。


 けれども小兎姫さんは、首を横に振って答える。


「微かだけれど、人の声が井戸の下から聞こえてくるの。……いいえ、あれは声というより……笑い声みたいね」


「笑い声?」


 小兎姫さんの頭から生えている大きなウサギの耳は、僕たちには聞こえない程小さく遠い音でも拾うことができる。以前も一度、この能力のおかげで敵の接近を予知し、事前に隠れて接触を免れたことがあった。そんな彼女の鋭敏な耳が声を捕えたというのだから、基地に誰かが居るとみて間違いない。


 しかし、僕らの他に基地の存在を知る人なんて居るはずがないというのに、一体誰が中に居るというのだ?


「き、きっとオバケの仕業だよ……い、井戸の底なんて、居るとしたらオバケくらいしか居ないじゃないか」


 そう言って、震えながら僕の方に寄りかかってくる天登。


「凪咲お兄ちゃん……僕、怖いよ……」


 そして、怖がる空越少年からも寄りかかられて、左右板挟みにされた僕は身動きが取れない。


「や……やっぱり僕、帰るっ!」


 逃げようとする天登を慌てて取り押さえようとするところに、怖がる空越が抱き付いてきたせいで三人まとめて倒れてしまい、もみくちゃにされる。お化けがどうこうより前に、まずは怖がるこの二人を落ち着かせるのに相当骨が折れた。


 ――しかし、よくよく考えてみると、ここに基地が作られる以前にも、この井戸では一度、お化け騒動が起こっていた。その時は笑い声ではなく女性の泣き声が聞こえてくるという噂話だったのだが、僕らは実際にその声を聞いた。井戸に入ると言い出した小兎姫さんの協力もあって井戸の中を調査した結果、その正体は井戸に空いていた穴から漏れる風の音だったことが分かり、僕はてっきり、それで騒動は解決したのだとばかり思っていた。


 そして、穴の奥に見つかった洞窟は、後々小兎姫さん達の尽力によって新たな秘密基地である「ユナイターズ・カフェ」に改造され、僕ら連合団の面々も頻繁にこの井戸に出入りするようになった。それまで薄暗く禍々しかった洞窟の雰囲気も一変し、明かりが煌々と灯る下に多くの人が集う憩いの場所となり、もはやお化けが取り付く島なんて何処にもないような環境に一変してしまった――はずなのだが、今頃になってまた化けて出てきたとでもいうのだろうか?


「……私が先に行く」


 そこへ、先手を切って動いたのは紬希だった。怖いもの知らずな彼女は、その場で大きく跳躍し、梯子も使わずに井戸の中へ呑み込まれるように降りていった。僕も慌てて彼女の後を追い、井戸の側面に設置された梯子に足をかける。


 一段一段慎重に降りて、ようやく足が底に付き振り向くと、先に着いていた紬希が、基地の玄関口である扉の前で耳を澄ませていた。まるで潜水艦のエアロックを思わせるような重厚な鉄扉。『ユナイターズ・カフェ』と書かれた看板の吊り下がるその扉の奥から、確かに笑い声は聞こえていた。


「……開けるわ」


 慎重にハンドルを回し、重い扉をゆっくりと押し開けて、隙間から中の様子を窺う紬希。


 基地の中は真っ暗で、辺りはひんやりとした空気に包まれていた。当然地下にあるから窓も無く、外の暖かな陽の光もここまでは届かない。


 ――しかし、何故か広間の奥から、一筋の光が漏れ出ているのが見えた。笑い声が聞こえてくるのもそこからだった。しかも、その笑い声は複数人によるもので、皆が皆明るく爽快に笑っている。そして、その声に合わせるようにして、漏れ出る光はゆらゆらと蠢き、多様な色彩に変化していた。この奇妙な音と光の動きは……


「……ひょっとして、テレビが付いているのか?」


 しかし、誰も居ないはずの基地で、電気も付けずにテレビだけが付いているという状況は妙だ。小兎姫さんたちが基地を出る際に消し忘れたとか? でも、それなら音で気付くはずだ。


「……不審者かもしれない」


 紬希がふと呟いた言葉を、僕は否定できなかった。基地内に不審者がいると分かった今、一刻も早くその正体を突き止めなければならない。


 紬希が小さく頭を下げて合図を促し、足音を立てぬように部屋の中に入る。


 部屋に入ってテレビの音もより鮮明になる。テレビ画面には、漫才師たちの交わす軽快なコントと、笑う観客たちが映し出されていた。


 そして、部屋の中に何者かの姿がある――そう思っていた。しかし、僕は部屋に入った途端、奇妙な感覚に襲われる。


 僕らのすぐ目と鼻の先で、物音が聞こえていた。しかし、不審者の姿は見えないどころか、部屋に人が居る気配すらも感じない。そこに人が居るという感覚が無いのである。人間の体温も感じられない。足音も、息遣いさえも……


 そんな中、テレビの光に照らされ、空間にふわりと浮かび上がった無数の小さなシルエットを見て、僕は驚愕のあまり息を止めた。


 次の瞬間――


 パチン


 部屋にぱっと明かりがついた。紬希が部屋の壁にある照明のスイッチに手をかけていた。電気が付いた途端、それまで暗闇の中で浮かんでいたあらゆる物体――雑誌や漫画本、テレビのリモコン、ゲームのコントローラー、ラジコンの車等々が照らし出されると同時に、それら全てが糸を切ったように床に転げ落ち、それまで付いていたテレビの電源がプツンと音を立てて切れ、部屋は瞬く間に静寂に包まれた。


 部屋には、僕と紬希の他に誰も居なかった。 部屋の床には玩具や小物がごちゃごちゃに散らかり、酷い惨状になってしまっている。


「……まさか今のって……幽霊?」


 そんなはずはないと、僕は自分の目と耳を疑う。しかし、ついさっきまでここで起こっていた怪奇現象をはっきり目撃してしまった僕たちは、もはやこの基地にお化けが取り憑いていないなどと、断言できるはずもなかった。

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